1)武蔵野台地のなりたち

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 関東平野西部を広く占める武蔵野台地は、多摩川が過去に流下した扇状地と古東京湾(矢部 1914)が陸化して形成された海成段丘からなる。港区内における武蔵野台地の大半はこのうちの後者にあたり、約12.5万年前の温暖期のピークである最終間氷期最盛期(海洋酸素同位体ステージMIS5.5)に形成された海成段丘であり、淀橋台(図2-ⅱ-3)とよばれている。すなわちその起源は最終間氷期最盛期に拡大した海域(古東京湾)であり、当時の海底である。淀橋台は港区内では、汐留川、渋谷川(古川)水系の谷により開析を受けているものの、その平坦面は南西端が目黒川左岸沿いに、西端が世田谷区桜上水駅付近、北西端が渋谷区北端部から新宿区西新宿、神楽坂、千代田区九段北、永田町にかけての地域にほぼ連続する。西端の世田谷区内では標高50m弱、東端にあたる港区内では30m程度である。
 淀橋台を構成する地質は地表面から12~13m前後までが関東ローム層であり、その下位は古東京湾の浅海に堆積した、おもに海成砂からなる厚さ数m以上の東京層である。淀橋台でみられる関東ローム層の真ん中付近には約6万年前から7万年前に箱根火山より噴出した箱根東京テフラ(Hk-TP)が、ローム層最下部では東京層の直上に約12万年前に箱根火山の噴火により降下堆積した箱根吉沢(きっさわ)下部軽石群(Hk-KlPs)が挟まれており、淀橋台の形成年代が最終間氷期最盛期頃であることが明らかにされている(貝塚 1979,貝塚ほか 2000)。しかしこれまで港区内ではこれらの地層の重なりは充分に示されていなかったが、図2-ⅲ-1に示したように有栖川宮記念公園のボーリングコアではこれら地層の積み重なりが比較的条件よく観察でき、台地の成りたちを含めた港区の過去約12万年間の地史を知ることができる。

図2-ⅲ-1────有栖川宮記念公園で得られたボーリングコア写真


 有栖川宮記念公園でのボーリング地点は広尾駅のある渋谷川の谷を西側に見おろす台地の縁辺部であり、標高は29.21mである。この台地の標高はおおよそ30m(同公園南東端に標高31.2mの三角点がある)なのでほぼ台地の原面から掘削されている。ただしボーリングコアによれば深度約1.5mまでは人工的な盛土層であり、その下からが自然に堆積した地層である(図2-ⅱ-5、2-ⅲ-1)。
 東京層から関東ローム層に移りかわる付近には2枚の白色軽石層(ARG01094:層厚6cmとARG01068:層厚28cm)がある。これらは斜方輝石を含みその屈折率(γ=1.704~1713)から箱根火山を給源とする箱根吉沢下部軽石テフラ群(Hk-KlPs)中の箱根吉沢下部第7テフラ(Hk-KlP7;町田 1971)ないしはHk-KlP6、Hk-KlP8と考えられる。Hk-KlPsを候補とした理由は本層が箱根東京テフラ(Hk-TP)とともに武蔵野台地の下末吉面相当の地形面(荏原台・淀橋面)を覆う顕著な降下軽石堆積物であり、同様な層厚・粒径をもつテフラは下末吉ローム層中のHk-KlPs(貝塚 1979 などでは三色アイス軽石層SIPとよばれる)とHk-TPに限られるからである。Hk-KlP7はその上位のHk-KlP8、Hk-KlP13などともに多摩川南岸の下末吉台地でよく識別されている(町田 1971)。この認定は、本層の上位約80cmにあるARG00962(層厚20cmのピンク~ウグイス色火山灰層)が屈折率や鉱物組合せから約10万年前の木曽御嶽火山の大噴火でもたらされた御岳第1テフラ(On-Pm1;町田・新井 2003)に認定できることからも支持される。両テフラ層を含むローム層は下末吉ローム層とよばれ、有栖川宮記念公園地下では深度7~11mにある。淀橋面を覆う下末吉ローム層は全体的に粘土化が進行した褐色~灰色を帯びた粘土質火山灰土から凝灰質シルトであり、渋谷粘土層(貝塚 1979)ともよばれている。
 下末吉ローム層の上位には褐色の火山灰土層を中心とした関東ローム層(武蔵野ローム層・立川ローム層)が深度約1.5mまで続く。この中で肉眼でも容易に確認できるのは深度約6.5mにある箱根東京テフラ(Hk-TP)で層厚8cmのオレンジ色の降下軽石層として産出する(図2-ⅱ-5、2-ⅲ-1)。Hk-TPは斜方輝石,単斜輝石、チタン磁鉄鉱、長石などを含み、斜方輝石の最大屈折率は1.706~1.712である(図2-ⅲ-2、表1)。また深度2.2~2.3m付近では火山灰土層中にバブル型の火山ガラスの濃集層準が認められ(図2-ⅲ-2)、その屈折率(1.498~1.501)と主成分化学組成から、約3万年前に南九州の姶良カルデラで発生した巨大噴火による姶良Tnテフラ(AT)(町田・新井 2003,Smith et al. 2013)であると認定できる。

図2-ⅲ-2────有栖川宮記念公園のボーリングコアより得られたATおよびHk-TPの顕微鏡写真
(上の写真の矢印はATを特徴づける火山ガラスを示す)


 以上述べたように、深度10m付近までが関東ローム層である。武蔵野台地を覆う関東ローム層は地表直下のクロボク土とその下位の火山灰土層(赤土、褐色(風化)火山灰土(層)などともよばれる)からなり、火山灰土の中には箱根火山をはじめとする様々な火山から飛来した軽石層や火山灰層が含まれている。火山灰土の部分の大半は富士山を給源とする火山性物質であるがその他の火山に由来する火山性物質や大陸起源の黄砂、河床・海岸などから飛来した様々な物質を雑多に含む。なお有栖川宮記念公園のコアでは、AT層準の上位80cm程度までは観察できるがそれ以上は人工的な盛土層である。本来地表面付近にあるクロボク土や立川ローム層の最上位はおそらく人為的に排除され、その上で盛土造成された可能性が高い。上記の様に本コアは東京層以上が比較的良好に保存され、都立青山公園、檜町公園で得られたコアよりも淀橋台をつくる堆積物と関東ローム層を知る上で理想的であり、模式的な断面を提供する。