3)降水の空間分布と短時間強雨

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 以下では短時間での強雨を含めた降水現象の空間分布特性について、東京都区部を中心としたやや広域的な観点から概観する。
 東京の都区部や多摩地域における年降水量は概ね1400~1700mmで、南から北に向かって漸減し、この特徴は夏季以外の月降水量分布にも概ね同様にあてはまる。これは降水の発生が、基本的に南岸を通過する低気圧や前線、台風など天気図スケールの擾乱による場合が多いことによる。一方で夏季については、8月の月降水量を示した図2-ⅲ-2(岡ほか 2019)のように、関東地方西部の山地域やその東側で降水量が多く、東に向かって減少する。夏季には山地域で雷雨が多発し、台風などの場合には東~南東寄りの風が山地斜面で上昇して、関東山地やその東麓で降水量が多くなりやすいためと考えられる。ただし、東京都区部においては、都区部西部の北側から南側にかけて降水量のやや多い地域が存在する。ここで夏季における時間降水量20mm以上の強雨発現頻度分布(図2-ⅲ-3:高橋ほか 2011)によると、そこは強雨頻度の高い領域と対応する。すなわち、都区部西部は夏季における短時間強雨による降水量への寄与が比較的多い一方で、港区など都心やその東側では、比較的に短時間強雨の発現が少ない。このような短時間強雨発現の地域性については、強雨発現時の風系の特徴から、東京湾や相模湾からの南寄りの風系と、鹿島灘や九十九里からの東寄りの風系が東京付近で収束しやすいことなどの要因が考えられている(藤部ほか 2002)。強雨の発現に与える都市の影響を示唆する研究も多いが、十分に解明されていない課題である。

図2-ⅲ-2────東京都と埼玉県の290地点における15年間の平均値による8月の降水量分布(岡ほか 2019)
欠測の多かった1997年と2006年を除いた1994~2010年を対象にして、自治体、気象庁およびJR東日本の資料により作成。

図2-ⅲ-3────東京都心域における時間降水量20mm以上の強雨頻度分布
内側の枠内で発現した全226事例の強雨事例に対する各観測点における頻度(%)で表現してある。灰色の領域は東京都区部を表す。
対象期間は1991~2002年(1993年を除く)の夏季(6~9月)。
高橋ほか(2011)による。


 東京都区部に短時間強雨が発生する場合、奥多摩や秩父、あるいは多摩地域から強雨域が東進してくる場合が少なくない。ここでは、港区で10分間に29.5mm(高輪、白金小学校)の猛烈な降水が発生し、30分間で44mm(高輪)の降水を記録した2014年6月29日16時過ぎの事例を取り上げて、雷雨の挙動を例示する。図2-ⅲ-4は強雨が発生した16~17時における10分降水量の推移を、降水量が多かった白金小学校や高輪を含む概ね北西-南東方向に並ぶ観測点について示している。この時間の前後には降水が発生しておらず、きわめて短時間、突発的な強雨であり、降水のピークが港区の中でも西(青山)から東(高輪)へ移っていることが読み取れる。

図2-ⅲ-4────港区で10分間に29.5mm(高輪、白金小学校)、30分間で44mm(高輪)を記録した短時間強雨時における
10分間降水量の時間変化(2014年6月29日16~17時)
港区の資料により作成。


 図2-ⅲ-5はこの時の気象庁全国合成レーダーによる降水強度分布であり、港区で強雨が開始する1時間20分ほど前からの状態を示している。レーダーは上空の雨粒を捉えているため、地上で観測される降水量とは必ずしも一致せず、また降水強度を1時間当たりの降水量で表現していることに注意が必要である。降水強度が大きい橙色から濃い赤の領域(概ね降水強度50mm/h以上)に注目すると、このような強雨の範囲は決して広くなく、差し渡しが数kmほどである。積乱雲1個は直径が数kmから10kmほどであり、図に認められる個々の強雨域がほぼ積乱雲に対応すると考えてよく、これを降水セルや対流セル(セルは細胞(cell)の意)と呼んでいる。降水セルが全体として東南東方向へ移動していることを考慮して、主観的ではあるが降水セルを10分間隔で追跡し、同一とみなせる降水セルには同じ記号(A~E)を付してある。港区でまだ降水が観測されていない15:00には、埼玉県南部に降水セルAがあり、その南側の多摩地域に新たな降水セルBが現れ始めている。15:20には降水セルAは衰弱するが、降水セルBが発達する。しかし、降水セルBも15:40には衰弱しており、その西側に現れた降水セルC、Dが発達して、16:00以降に港区へ接近し強雨をもたらしたと考えられる。また、新たな降水セルEも現れるが、降水セルのまとまりは16:40には東京湾に抜けつつある。

図2-ⅲ-5────2014年6月29日の短時間強雨時における10分間隔の気象庁全国合成レーダーを用いた強雨域の追跡
10分間隔のレーダーデータから、目視により同一の降水セルとして追跡されたものをA~Eの記号で示している。
気象庁資料により作成。


 以上のように、東京や埼玉の西部(奥多摩や奥秩父)から雷雲が移動してくるといっても、よく観察すると同一の降水セル(積乱雲)が持続して移動してくるわけではない。個々の降水セルの寿命は数十分からせいぜい1時間程度であり、降水セルの家族が世代交代をしながら移動してくるのが通常である。このように複雑な降水セルの挙動を正確に予測し、強雨の発現をピンポイントで予報することは現状ではきわめて難しい。