5)海風の侵入と港区の夏季気温分布

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 港区では、高度に市街地化された港区の環境改善を目的に、2005年度より区内の小中学校等の十数地点に温度計を設置した気温観測や、サーモグラフィによる表面温度観測、気温と土地利用や緑地率との関係の解析などを行い、都市域の詳細な温度環境の調査が港区環境・まちづくり支援部環境課により実施されてきた。さらに、2017年夏季(2017年7月13日~9月13日)には、温度計の設置箇所を27地点に増やして気温の観測を行っており、詳細な気温観測データが得られている。
 これらの調査結果によれば、港区の気温分布には、北部や南部に商業地域や工業地域と対応したいくつかの高温域が認められ、南西部の自然教育園が明瞭な低温域(クールアイランド)を形成する。また、港区の中央部が相対的な低温域となっていることが指摘されている(港区ホームページ「環境調査・統計・報告」)。以下では夏季日中における港区中央部の低温に関連し、やや不順な天候が連続したが、2017年の観測データに基づいて事例を提示しつつ考察する。
 2017年の観測期間のうち、日中に晴天で海風の吹走が認められた7月15日を取り上げる。この日の東京都区部における気温分布と風系の状況を、自治体常監局のデータに基づいて朝6時~15時の3時間ごとに示した(図2-ⅳ-5)。図2-ⅳ-5によれば、06時には都内から多摩地域にかけて風が弱く、一部に内陸からの陸風とみられる西寄りの風が吹いており、この時には高温の中心は都区部内部にある。この状態は09時前後までは継続するが、その後東京湾や相模湾からの南寄りの海風が吹走し、15時にかけて風速が増大するとともに、都区部の高温域は北側にその中心を移す。港区における風向風速の時間変化を東京都常監局(東京タワーの2高度、高輪局、台場局)の毎時データ(03~15時)でみると(表2)、07時までは風速が小さく、風向が南寄りであっても西風成分を持っており、東京湾からの風とは認められない。08時には南や南南東の風向が多く現れ、09時以降になると東風成分が明瞭になり、風速が大きくなる。このように港区において当日は概ね09時前後に東京湾からの海風が南東~南風として侵入を開始していた。

図2-ⅳ-5────東京都区部とその周辺における気温分布と風系の時間変化(2017年7月15日06時、09時、12時、15時)
気温分布は領域平均からの偏差により示している。等温線は0.5℃間隔で引いている。
港区および自治体常監局の資料により作成。

表2────対象とした2017年7月15日の港区内における風向風速の1時間値
(東京都常監局の資料による)


 港区による27地点の気温観測データに、港区周辺を含む東京都常監局データを加えて気温分布(図2-ⅳ-6)を描くと、朝06時には、港区南西部の自然教育園で気温が低くクールアイランドを形成しており、赤坂御用地に近い北西部も低温となっている。北東部の新橋や南部の港南、中央部の南麻布などが若干高温になっているが、港区内の大半では気温差が1℃程度と小さい。日中の12時や15時には、南部の港南や北部から中央部の麻布台・南麻布に高温な領域があるが、早朝と同様の南西部(自然教育園)や北部の低温域とは別に、中央部にも芝から三田付近にかけて低温な領域が認められ、朝方に比して港区内の気温差は大きくなる。このような特徴は、港区による調査結果と基本的に共通しており、本事例は夏季の代表的な気温分布の状態を捉えていると考えられる。

 

 

図2-ⅳ-6────夏季晴天日(2017年7月15日)の港区における3時間ごとの気温分布(6~15時)
a)使用した観測点、b)06時、c)09時、d)12時、e)15時。
等温線は0.5℃間隔で引いてある。
青線は古川(渋谷川)の流路を表す。
港区の外側では描画に用いている観測点が少ないことに留意。
港区および東京都常監局の資料により作成。


 ここで、当日の各観測点における気温の日変化を描くと、港区内においても午前中から昼過ぎにかけて気温の上昇に大きな違いが認められる。図2-ⅳ-7には4地点の気温日変化を例示した。日の出頃はいずれの地点も25℃台で、そこから気温は上昇するが、海風が開始した09時以降の気温上昇には大きな違いがある。最高気温が36℃を超える港南小学校や麻布小学校では、09~12時の3時間にそれぞれ3.9℃と4.2℃、09~14時の5時間では7.1℃と5.7℃上昇している。一方、最高気温が34℃に達しなかったイタリア公園や南山小学校では、09~12時の3時間にそれぞれ0.2℃と1.2℃、09~14時の5時間では1.3℃と2.6℃の上昇に留まっている。早朝には港区内の気温差がそれほど大きくなかったことを考慮すると、日中の気温差はこのような気温上昇量の違いによって生じていると考えられる。

図2-ⅳ-7────夏季晴天日の港区内における気温日変化の例(2017年7月15日)
a)港南小学校、b)麻布小学校、c)イタリア公園、d)南山小学校。
港区の資料により作成。


 港南小学校とイタリア公園はともに沿岸部に位置し、南山小学校と麻布小学校はいずれもやや内陸にあるが、気温の上昇量は海岸からの距離が同程度でも大きく異なっている。気温変化の空間的特徴を知るために、海風の開始頃(09時)から昼(12時)までの3時間における1時間当たりの気温変化量を求めて、その分布図を描いた(図2-ⅳ-8a)。図2-ⅳ-8aによると、海風の開始後に気温上昇量の小さい地点は、臨海部の一部や、古川沿いと流路の延長上に内陸に向かって認められる。自然教育園はクールアイランドとなっており気温が低いが、気温変化量は小さくない。港区中央部が相対的に低温となるのは、臨海部の相対的な低温と同様に、海風による影響を強く受けているためと考えられる。すなわち、古川に沿う低地やその延長にある谷筋(図2-ⅳ-8b)が、海上からの海風を侵入(矢印)させる「風の道」の役割を果たしており、地表面の日射加熱による高温空気を滞留させず、沿岸部と同様に気温の上昇を抑制している可能性がある。海風侵入時において、海風の風向に東風成分が認められる(表2)ことも、古川沿いの昇温抑制に寄与していると考えられる。ただし、河道付近の建築物が上空を吹走する空気を地上に誘導する可能性(成田・鍵屋 2010)もあり、古川に沿った低温については、気温とともに空間的に稠密な風の観測によって「風の道」の検証が必要である。なお、「風の道」とは、大気汚染や暑さの対策として、丘陵地や海から市街地に風を導く役割をする連続した空間をいい、河川や緑地、街路、建築物の隙間空間の連なりなどがその役割を果たす(たとえば、鍵屋・足永 2013)。この考え方はドイツのシュツットガルトにおける都市計画に由来する。

図2-ⅳ-8────夏季晴天日(2017年7月15日)の港区における9~12時の1時間あたり気温変化量分布(a)と微地形(b)
青線は古川(渋谷川)の流路を表す。矢印は想定される海風の侵入(風の道)を表す。
(a)の港区の外側では描画に用いている観測点が少ないことに留意。
(a)は港区および東京都常監局の資料、(b)は国土地理院の資料により作成。