◎海陸風の交替時刻

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第2節の第ⅳ項や第ⅵ項でも述べたように、海風と陸風は、海上と陸上の気温差(空気の密度差による気圧差)に起因して発生し、日中の海風は低温な海から陸へ、夜間の陸風は低温な内陸から海に向かって吹く。同様に山地と平野の間には、日中は平野から山地へ向かう谷風が、夜間は山地から平野に向かう山風が吹走し、両者を合わせて山谷風と称する。山地斜面は日射や放射冷却により昼夜で気温が大きく変わるが、同じ高度の平野上空は、地表面から離れているため気温変化が小さい。隣接する気温の大小が変化するため、日中(夜間)には高温(低温)な山地斜面を上昇(下降)する谷風(山風)が発生する。これらの風系は、たとえば沿岸から内陸、あるいは山地から平野において、一斉に発現するのではなく、一般に海風は沿岸から次第に内陸へ侵入し、陸風は内陸から沿岸部へと拡大する。海風や陸風が吹走する先端部分をそれぞれ海風前線や陸風前線と称する。なお、海風や陸風は、海風前線や陸風前線付近で上昇し、上空では海風や陸風と逆向きの空気の流れ(反流)となって局地的な循環をなしており、これらを海風循環や陸風循環という。海風の厚さは一般に1,000~1,500m程度、陸風の厚さは数百mと考えられている。
第2節第ⅵ項の図2-ⅵ-3では、風向の定常性の時間変化をもとに港区白金における海陸風の交替時刻を捉えたが、同様のことを、範囲を拡大して多数地点で行うことにより、海陸風や山谷風など局地風系の交替時刻を空間的に捉えることができる。夏季(7、8月)の晴天日を対象に、東京近郊を含めて風系の交替時刻を調べたものが図(4)である(瀬戸ほか 2019)。ここで図示されるのは風系の交替時刻なので、たとえば日中の場合、開始する風系が海風なのか谷風なのかを、日中や夜間に想定される風向や交替時刻(等時刻線)の空間的な推移から読み取る必要がある。
日中の図(4)-aによれば、東京湾や相模湾の沿岸部では午前中の09時頃に海風が開始し、11時には東京の区部や市部を通過して、12時には埼玉県南部に海風が達する。関東山地東側の等時刻線は、山地に向かう東寄りの谷風の範囲が東方へゆっくりと拡大している様子を表しており、同様に北関東でも南寄りの谷風の範囲が南側へ拡大している。埼玉県南部に交替時刻の遅い地域があるが、ここは北へ進行する海風の開始と、南へ拡大する谷風の開始との狭間にあたっており、14時以降は海風と谷風が結合して関東平野を南寄りの風が広く覆う、いわゆる広域海風(栗田ほか 1987)に移行することを示している。

図(4)────夏季(7、8月)の海陸風日における日中(海風もしくは谷風)(a)ならびに夜間(陸風もしくは山風)
(b)の風系交替時刻(瀬戸ほか 2019による)
夜間の陸風が東京湾沿岸まで到達した場合を集計に用いている。


夜間には埼玉県南部で内陸からの陸風が現れても、東京都心では終日南寄りの風が吹き、陸風が到達しないことがしばしばある(図(5))。これによると港区付近では30~40%、都区部東部の沿岸部では60%の場合に陸風への交替が認められない。図(4)-bは東京湾沿岸まで陸風が到達した場合に限定した風系の交替時刻であるが、それでも東京湾岸の陸風の開始は明け方近くとなり、都心を通過する陸風は、海風に比べてかなり進行の遅いことが分かる。なお、図2-ⅵ-3では06時に陸風の風向となっている場合に限定しており、用いている観測点も異なるが、やはり港区で夏季に安定して北寄りの風になるのは日付が変わった03時頃からである。

図(5)────埼玉県南部(アメダスさいたま)で海陸風の交替がみられた海陸風日のうち、陸風が到達しなかった日数の割合(%)
(瀬戸ほか 2019による)


東京で陸風の到達が遅れる、あるいは到達しない理由として、夜間になると都心付近が高温となり、そこが低圧部(収束域)となって陸風前線を停滞させること(高橋・高橋 2013,2014)や、都心の建築物による大きな地表面粗度(凸凹)により風速の小さい陸風が入り込めないことが指摘され、大都市の存在が局地風系に影響を与えている可能性が示唆される。また、夏季夜間には東京湾周辺から房総半島にやや強い南南西から南西寄りの風が大気下層に現れる(Harada 1981)ため、陸風が南進できないことも考えられる。