1)潜在的な生物相

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 港区は、四つに大別された日本の植生のうちのヤブツバキクラス域(常緑広葉樹林域)に含まれる。このクラスは、関東より西の標高700~800m以下で発達するが、南にいくほど高度は上がり、北にいくほど高度を下げて東北地方では海岸寄りに分布している。しかし、ヤブツバキクラス域は私たちの主要な生活域であり、特に明治時代以降は大都市が集中して人口が密集し、自然破壊が急速にすすんだ地域である。港区では、江戸時代でさえも人為的干渉がまったくない状態の自然植生ではなく、人間活動の影響によって置き換えられた代償植生がかなりすすんでいたのは、溜池遺跡ですでにみたとおりである。
 さらに、港区の潜在自然植生(すべての人為的作用を停止した時に考えられる、その土地が支えられる最も発達した植生)は、台地上では内陸性のカシ林(シラカシ群集)、台地の東縁部の乾燥地帯ではシイ林(スダジイ-ヤブコウジ群集)、および東京湾沿いの沖積低地では適潤性のタブ林(タブノキ-イノデ群集)である(図1-ⅱ-1)。さらに埋立地では塩分や過湿状態に強いトベラ-マサキ群集もありうる。しかし、港区内の植生の多くは人の手が加わったものであり、潜在自然植生の形で残っているものはほとんどない。それでも、平成12年(2000)の環境庁(平成13年に環境省に改組)の特定植物群落調査では、原生林もしくはそれに近い自然林として高輪東禅寺のアカガシ林とシラカシ林が、原生林か自然林あるいは過去に植栽されたが長期にわたって伐採等の手が入っていない森林として国立科学博物館附属自然教育園のスダジイ林が選定されている。

図1-ⅱ-1────港区の潜在自然植生


 植生とは異なり、「潜在動物相」といった概念はあまり使われない。しかし、港区の気候、台地から低地にいたる地形、さらには東京湾に面しているといった立地条件などから、温暖な内陸性かつ湿潤性の動物種が潜在的に生息していたと考えることができる。地形の複雑な港区には、台地と低地の境には多くの湧水地があって池が形成され、さらに古川をはじめとしていくつもの川が流れていたことから、淡水性の動物が豊富に生息していたことは容易に想像できる。さらに沿岸域は湿地帯であり、その沖には広大な干潟が広がっていたことなどから、湿原や干潟、砂泥底の浅瀬、さらに沖合に多くの水生動物が生息していたことも十分に考えられる。
 しかしすでに述べたように、江戸時代から人の手が入った港区の台地や低地は、明治時代になるとさらに首都機能を強めていく中で開発が加速し、樹林や草地、空き地はオフィスビルや商店街、住宅地などに変貌していった。沿岸域も埋立てによって湿原や干潟、浅瀬は消失して、垂直護岸によって囲まれた海岸線になってしまった。