港区は、生物多様性を、人類を含めたあらゆる生き物が相互に関わり合いながら生きていることと定義し、「豊かな自然環境の象徴である動植物の生息・生育環境の充実を図り、生物多様性の保全と持続可能な利用に関する取組を総合的に推進する」ために、平成26年(2014)3月に『港区生物多様性地域戦略─生物多様性みなとプラン─』を策定して、「自然と気軽にふれあえる場所の整備」「公園・緑地など身近な緑を活かした、生きもののすめる環境の整備」「生物多様性を高める自然環境の保全・再生」「ビオトープの創出と適正な維持管理の推進」「外来種の侵入・拡散防止」といったさまざまな事業に取り組み、成果を挙げている。平成28年4月1日には「港区生物多様性みなとネットワーク」が設置され、連絡会議の開催、勉強会やフォーラム等を実施している。
『港区生物多様性地域戦略』の計画期間は、短期目標が平成32年(2020)まで、長期目標が平成62年(2050)まで(和暦は共に策定時)と息の長い設定が為されているが、時に応じて見直されることがあるにせよ、港区らしい生物多様性の確保に向けて、この計画は長く継続されていく必要がある。
平成の半ば頃、港区六本木5丁目にある旧岩崎邸庭園の保存管理計画が検討された。この庭園は、近代日本庭園作庭の先駆者といわれた京都の造園家「植治」こと7代目小川治兵衛によって昭和4年(1929)につくられた、三菱の4代目当主岩崎小彌太が建てた岩崎家鳥居坂本邸の庭園を基にしている。岩崎邸が昭和20年(1945)5月の空襲で焼失した後、国際文化会館の所有となり、昭和30年(1955)に会館が建てられた。庭園は、旧岩崎邸庭園を継承することを基本に多少の改修が行われたが、小川治兵衛の作庭をよく留めている庭園として平成17年(2005)10月25日、港区指定名勝として指定された。庭園の保存管理計画は、この庭園を将来にわたって適切に保存し、公開に供し続けることを目的に検討された。その折、庭園内で生育したトウネズミモチの扱いが課題となった。
この常緑高木は戦後になって周辺から庭園内にもたらされたものと推測される。現在、トウネズミモチは「我が国の生態系等に被害を及ぼすおそれのある外来種」の指定を受け、植栽を行わず、侵入してきた場合は駆除することが基本(「港区みどりを守る条例」)とされている樹種であるが、検討会では庭園の維持・管理の側面、ならびに生物多様性の観点から取り扱い方に慎重な意見が提出された。
前者については、保存管理計画検討当時の旧岩崎邸庭園は文化財庭園として最も良い状態であると考えられ、その一つである庭園南側のスカイラインを構成する要素としてトウネズミモチが重要な役割を果たしていると指摘された。後者については、トウネズミモチに限らず、外来種もまた多様な生物相を形成する種ではないかとする立場からの意見であった。結果、トウネズミモチによって庭園景観の良好に保たれている現状と、トウネズミモチが生態系被害防止外来種リストに指定されていることを踏まえ、段階的、かつ状況に応じて他種に置き換えていく方針にひとまず落ち着いたのである。