港区史編さん委員長 井奥成彦
港区では、区政70周年記念事業の一環として、40年ぶり3度目の区史編纂(さん)を行うこととなりました。一度目の区史編纂は区政10周年記念事業として行われ、昭和35年3月に『港区史』上巻・下巻の2巻として刊行されました。二度目の区史編纂は区政30周年記念事業の一環として行われ、昭和54年5月に『新修港区史』1巻として刊行されました。そしてこのたびの区史編纂となったわけですが、今回は全12巻という、これまでにないボリュームとなる予定です。
12巻の中でまず令和2年度に刊行致しますのは、第1巻『通史編 原始・古代・中世』、第2巻『通史編 近世(上)』、第3巻『通史編 近世(下)』、それに第11巻『自然編』、第12巻『図説 港区の歴史』の5冊です。すっかり都市化したように見える港区ですが、古い時代の遺跡、遺物、文書類といった史料も意外と残っているものです。また、区外の史料から港区域の史実を知ることができる場合も少なからずあります。私たちは広い視野をもって区内外の史料を可能な限り博捜し、港区の歴史を甦(よみがえ)らせました。また考古学は、かつては文献史料の存在しない原始の昔を遺跡や遺物から研究する学問と位置づけられていましたが、近年の考古学はあらゆる時代を対象としており、新しい時代の遺跡や遺物から、文献史料からはわからない貴重な情報も得られています。今回の区史でも、全時代にわたって考古学の成果を採り入れており、これはこの区史の一つの大きな特色となっています。ただ、考古学の学問的貢献の陰で、発掘調査には遺跡破壊を伴うという側面があることも忘れてはなりません。
さて、第1巻では、そういった考古学の成果を存分に採り入れつつ、古代・中世においてはそれとともに区内外の活用できる限りの文献史料を駆使して、港区と周辺地域の歴史を明らかにしています。この時代は武士の登場とその勢力の伸張があって多分に軍事的色彩が濃いのですが、そういった時代状況は同時に人々の宗教への帰依を強め、宗教勢力の伸張もまた顕著に見られた時代でした。そして宗教勢力もまた、武家勢力と、あるいは別の宗教勢力と戦い、社会全体が混沌とした時代へと突入していったのです。
第2巻・第3巻では、混沌とした時代が収束した後の近世の港区域を、豊富な絵図類を用いつつ地理的・空間的な視角から分類した章構成で記述しています。この章構成も、今回の区史の一つの大きな特色と言えましょう。自治体史では時代順の章構成をとることが一般的ですが、学界の一つの潮流として、こうした視角を重視する考え方があり、この区史ではその立場に立っています。ただ、考察は空間単位の静態的な観察に留まることなく、考古学的な成果も用いつつ、動態的な変化にも言及しています。また『新修港区史』では町奉行所など幕府の文書や地
誌などを用い、江戸全体から港区を俯瞰的にとらえましたが、今回の区史では新出史料を生かし、武家屋敷・寺社・町の個別の事例から見ていく形をとっていることも特色となっています。
第11巻は港区の自然についての巻です。「自然」は「人工」の対義語ですが、私たちが「自然」と認識しているものも、実は歴史上のどこかの時点で人工的に作られたものであることが意外と多いのです。この巻からは、港区域での人間と自然との関わりの歴史が見えてくると同時に、都会にも実にさまざまな生き物がいて、私たち人間も彼らとともに生きていることを再認識させられます。
第12巻(本巻)は、全時代を通して特徴的なトピックを取り上げ、わかりやすくビジュアルに編集した『図説 港区の歴史』です。外国の方にも関心を持っていただけるよう、各節の末尾に英文の要旨を付けました。こういった親しみやすいビジュアルタイプの巻は、これまでの港区史にはなかったものでした。
このように、今回の港区史では、一般区民の方々が親しみを持てるようわかりやすく、かつ最新の学界の成果を存分に採り入れて新しい視角から記述し、研究者の研究に資することのできる高度な内容をめざしました。まだ刊行されていない巻におきましても、この方針は守り続ける所存です。
また、自治体史編纂においては、「刊行が終わればすべて終わり」となってしまってはいけません。史料の発掘、収集は今後も継続し、史料を後世に確実に残すべく保管し、一般区民の閲覧や研究者の研究のために公開できる体制を整えることが重要です。私たちは、そのための努力も継続する所存です。
私事になりますが、これまでの区史では私の勤めている大学の恩師や先輩の先生方が中心的なメンバーとして関わってまいりましたが、それを承けて、私も港区の大学に勤める者の責務と思い、4年前に謹んで港区史編さん委員長を引き受けさせていただきました。これからも引き続き区のために貢献できますよう、精いっぱい努力してまいります。
最後に、このたびの巻の刊行に当たって情報や資料を提供してくださった区民の皆様、区外の方々、ならびに諸機関に対し、心より御礼申し上げます。区史編纂はこの後も『通史編 近代』2巻(上・下)、『通史編 現代』3巻(上・中・下)、『資料編』2巻(1・2)と続きます。今後なお一層のご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。
令和2年12月