大量の貝殻の中には82種もの貝が含まれていました。ただし、この中には貝塚の中で自然繁殖したものや、食用の貝を採集した際に偶然まぎれ込んだものも含まれ、実際に食用とされた貝は10種ほどであったと考えられます。
主体となる貝はハイガイとマガキで、貝全体の約50%がハイガイ、約30%がマガキでした(図2-3-3)。この2種の生息域から、伊皿子貝塚の目前に広がる内湾は泥質の干潟であったと推測されます。また、暖かい海を好むハイガイは現在の日本ではほとんど見られず、当時の気温が現在に比べて高かったこともわかりました。
図2-3-3 伊皿子貝塚の貝類組成
鈴木公雄『貝塚の考古学』(東京大学出版会、1989年)所収の表より作成
図2-3-4 伊皿子貝塚の貝層断面
貝層中には焼けた貝と炭化物が互層(ごそう)を成して堆積している場所が何か所も見つかりました。これは堆積した貝殻の上で火を焚(た)き、貝を茹(ゆ)でるなどしてむき身にした際の痕跡と考えられます。むき身にした貝は日持ちを良くするために干し貝にされたのかもしれません。
魚骨はほとんど出土しませんでしたが、クロダイやボラの鱗(うろこ)が多量に確認されており、鱗を取る道具と考えられる貝刃(かいじん)もいくつか出土しています(図2-3-5)。貝刃はハマグリ製で、殻の縁を刃のように加工したものです。ハマグリは貝塚でよくみられる種ですが、伊皿子貝塚では多くありません。貝塚の近くの海はハイガイなどが生息しやすい泥質の干潟で、ハマグリが生息する砂質の干潟ではなかったからです。伊皿子貝塚の人びとは貝刃の材料にするため、少し離れた砂質の干潟にわざわざハマグリを採りに行ったのでしょう。
伊皿子貝塚は、貝殻ばかりが大量に堆積し、土器・石器などの生活道具や魚骨・獣骨などの貝殻以外の食べかすが極端に少ないことが特徴であり、火を焚いた痕跡や魚の鱗が多数確認されたことなどを考え合わせると、人びとの日常的なごみ捨て場ではなく、貝むきや魚の鱗取りなど、海産物を加工処理した場所であったと考えられます。
図2-3-5 貝刃(伊皿子貝塚出土)