本書を含む今回の港区史編さんにあたって、江戸時代を扱う近世の章には、前回の区史が刊行されて以来の近世都市社会史研究の成果が最大限に取り入れられています。
その特徴の第1は、都市江戸、あるいはその一部としての港区域を漠然と描くのではなく、武家地・寺社地・町人地に区分した上で、それぞれの場に生活する多様な人びとの姿、取り結ばれる社会関係を丹念に掘り下げていこうとする点にあります。それは巨大城下町江戸を、その都市内部の小社会、部分社会の重なりと連なりからなる「分節構造」を持つものとみなす研究方法の提起を積極的に取り入れたものです。
第2に、近世都市がどのような自然環境のもとに成り立っているのかという関心に注意を払っている点です。その際重要なことは、城下町江戸の建設は多大な自然への働きかけを前提に可能となったもので、ありのままの自然ではなく人為的な自然であるという考え方に立っていることです。したがってまた、江戸という都市が被った災害も人為的自然から人間社会への作用であったことになるでしょう。
第3に、近世考古学の成果を最大限に取り込んでいることです。港区域で進んだ都市再開発ラッシュは地下に眠る過去の痕跡を次々と白日の下にさらしてきました。掘り出された江戸社会に関する情報は、従来の文献史学では発想できなかった知見をもたらし、新たな学際的研究の進展を促進してきたのです。
以上のような都市史研究の良質な成果を摂取し紹介するため、この第5章では本節(総説)に続いて18の節を設定しています。現代の港区域につながる要素、逆に今となっては想像もつかない断絶してしまった江戸の痕跡、そんなさまざまな断片がない交ぜになった江戸時代の社会の諸相を、じっくりとご味読いただきたいと思います。
(西木浩一)