ラジオを通じて市民に呼びかける

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 関東大震災では、情報途絶という異様な状況のなかでデマ情報が飛び交い、自警団の横行など無政府状態を惹起(じゃっき)しました。その反省をふまえ、戒厳司令部はそのころ普及しはじめたラジオを活用して、市民に冷静な対応を呼びかけ一定の効果をあげたのがこの事件のもうひとつの特色といえます。
 『都史資料集成』第12巻によれば、戒厳部隊の包囲網がせばめられ、占拠部隊との間に武力衝突の危険が高まってきた29日午前6時30分、戒厳司令部はラジオを通じて市民に対し「本二十九日麹町区南部附近において多少の危険は起るかも知れぬがその他の地域内は危険の虞(おそれ)なしと判断される、市民は戒厳令下の軍隊に信頼し沈着冷静よく指導に服し特に左の注意を厳守せよ」という布告を放送しました。「市民心得」と題するこの布告は注意すべき点として(1)別に示す時期まで外出を見合せ、自宅に在って特に火災予防に注意すること、(2)特別に命令のあった地域のほか避難してはいけない、(3)適時正確な状況や指示をラジオその他により伝達するので、流言蜚語(りゅうげんひご)に迷わず常にこれ等に注意すること、の3点をあげ、市民の冷静適切な対応を呼びかけています。
 戦闘区域の住民避難がおこなわれつつあった午前8時5分には、再びラジオを通じて「避難を命ぜられた地区の住民は冷静沈着平生と少しも変りなく何等の混乱をも惹起しませんでした/避難を命ぜられた地区以外の方々も落ちついていて下さい、何等の心配もありません」(前掲書)と呼びかけています。
 その30分後の午前8時35分には、南部麹町付近で銃声がするかもしれないが、十分の手配がしてあるから決して心配するに及ばないと放送しています。
 そして午前8時55分、占拠部隊の兵士に帰順投降を呼びかける有名な「兵に告ぐ」の放送があり、緊張は一気にクライマックスに達します。その6分後の午前9時1分、近隣住民に対して次のような放送がおこなわれました。
 事によると銃砲声が聞えるかもしれませんが落ついて現在の位置を動かないでください。家の外に出ると流れ弾が飛んでくるかも知れませんから危険です、厚い壁や家具の後で銃砲声の聞える反対側で座つていて下さい、特に火の用心をして下さい。(前掲書)
 震災や洪水の災害時、テレビやラジオを通じて、時々刻々、リアルタイムで情報を流し、市民の冷静な対応を呼びかける現在の報道スタイルの原形が、二・二六事件にあったといえるかもしれません。