図7-10-2 港区立郷土歴史館全景
図7-10-3 港区立郷土歴史館正面
旧公衆衛生院は米国ロックフェラー財団の支援・寄付により建設されました。建物の設計は東京帝国大学(現在の東京大学)建築学科教授内田祥三(うちだよしかず)で、大倉土木株式会社(現在の大成建設)が施工しました。内田は、東京大学本郷キャンパス内の安田講堂や港区立郷土歴史館(以下、郷土歴史館)に隣接する東京大学医科学研究所(旧伝染病研究所)などを手掛けましたが、郷土歴史館にも共通する外観は、内田の代表的な意匠です(図7-10-1)。建物は、地下1階地上6階塔屋4階の規模をもち、周辺で高層建築物がみられるようになった今日にあってもなお威容を誇っています。
港区は平成21年(2009)にこの土地と建物を取得し、郷土歴史館を中心とする複合施設「ゆかしの杜」として平成30年にかけて改修工事をおこないました(図7-10-2)。建物の中を回覧してみましょう。
池のある前庭から石段を昇り、アーチをくぐると正面玄関(図7-10-3)です。玄関の重厚な扉を開けると、左右に受付や管理室があります。内装こそ手が加えられていますが、ともに竣工当時の状態が残されています。板石が敷き詰められた廊下を進むと中央ホールに行き当たります。ホールの中央部分は上階の天井までの円形の吹き抜けになっており、ホールの奥に上階へ続く階段がシンメトリーに配されています(図7-10-4)。この階の南側回廊の先端には旧図書閲覧室(現在のコミュニケーションルーム、図7-10-5)があり、竣工当時の様子をよく留めています。隣の旧図書館館長室や貸出窓口跡は、のちに改修がおこなわれた可能性がありますが、往時の雰囲気を十分に感じ取ることができます。3階の旧院長室(図7-10-6)・旧次長室や4階の旧講義室も保存状態の良好な空間ですが、中でも旧講堂(図7-10-7)は圧巻です。
旧講堂は南側ウィングの4階から3階にかけて設けられました。340席の机と椅子が階段状につくり込まれています。室内は褐色と白を基調とし、天井は格子状に桟が組まれ、球体の照明具が金属製の輪を支えとして天井に取り付けられています。今回の改修工事で天井板は新しくなりましたが、そのほかは部材の清掃程度に留められ、竣工当時の状態がよく保たれています。
図7-10-4 中央ホール・改修後
図7-10-5 旧図書閲覧室・改修後
図7-10-6 旧院長室
椅子・机等は往時の状態を再現したもの
図7-10-7 旧講堂・改修後
1階に下りると旧食堂があります。現在、カフェとして利用されているこの空間では、蒸気式のラジエーターや泰山タイルをみることができます。
郷土歴史館の建物は、建物自体が博物館資料といえる文化財で、従来の考え方に従えば改修計画は保護・保存を最優先とするものになったはずでした。しかし、港区が建物をさまざまな施設で利用する方針としたことが考慮され、保護・保存と活用のバランスを巧みにとる改修計画が策定されました。保存状態が良好であった竣工当時の状態を大きく損なうことがないよう、意匠や部材等の保存を図りながら耐震補強やバリアフリー対応などの改修工事をおこなったのです。