| 町名廃止期日 | 昭和51年1月 |
|---|---|
| 現在の町名 | 柵町2丁目,柳町1~2丁目 |
| 設置場所 | 柳町1丁目7番2号(伊奈神社境内) |
| 周辺風景 | |
| 設置時期 | 平成1年2月 |
| 町名等揮毫者 | 深見子浩 |
| 解説 | 藩政初期のころ、石垣橋から西の堀沿いに開かれた武家屋敷地である。元禄三年(一六九〇)石垣橋が「ドドメキ(轟)橋」(急流の瀬音に由来する)と改称され、のちに町名も石垣町から轟町になった。 |
| 町名廃止期日 | 昭和51年1月 |
|---|---|
| 現在の町名 | 柵町2丁目,柳町1~2丁目 |
| 設置場所 | 柳町1丁目7番2号(伊奈神社境内) |
| 周辺風景 | |
| 設置時期 | 平成1年2月 |
| 町名等揮毫者 | 深見子浩 |
| 解説 | 藩政初期のころ、石垣橋から西の堀沿いに開かれた武家屋敷地である。元禄三年(一六九〇)石垣橋が「ドドメキ(轟)橋」(急流の瀬音に由来する)と改称され、のちに町名も石垣町から轟町になった。 |