最近、歴史のある各都市では町名の改称問題が大きな話題となっている。水戸市でも古代の常石(ときわ)・吉田(よしだ)を初め、鎌倉時代から約七百年にわたる武家の城館時代に出来たものなど数多くの地名があるため、住居表示の実施にともない同じような問題があった。
ただ、水戸市の場合は、町名改称が始まって十年以上も経過しており、その間に市勢も拡大して新住民が急激に増加し、旧町名より新町名に馴染みがあり、旧町名を知らない人たちが多くなってしまった。今となっては旧町名に戻すことは不可能であるのは勿論であるが、といって新町名が定着し、歴史的地理的環境から生まれ自然淘汰されて生き残ってきた旧い町名が、完全に消滅し、忘れ去られてしまうことは残念である。それは水戸という土地柄と歴史を考える手がかりを失い、何の特色もないどこにでもあるような都市の一部になってしまうことと同じだからである。
もっとも地名や町名は、呼び方・文字表記の方法が時代によって大きく変化したものもあるが、それはそれで、その時代ごとの土地利用の内容を具体的に表現しようとしたからである。地名や町名は、わたしたちの社会的活動が地表面に付けた〝あだ名〟なのであって、古墳や社寺、各種の文化遺産と同じものであり、ただ、その表現が言葉や文字によるため、常には意識できないが重要な文化遺産なのである。別の表現をするなら、地名や町名は人間活動のしみ込んだ化石であって、この化石を集めて比較研究、現地調査をすることにより、文献では見られなかった歴史的な庶民生活にも近づくことが出来るのである。
水戸市の新町名も、現代社会の必要から来る一種の歴史的所産であって、存在価値はあり、市民生活にも充分利用されている。これも大切に市民生活の共通項目として使用するが、水戸という土地環境を表現し、その歴史を伝えて来た旧町名が完全に消滅してしまわないようにしたい。
わたしたち「茨城歴史地理の会」では、以上の考えから、昭和五十五年度に水戸市の委託を受け、水戸市の旧町名研究部会を特設し、町名を記録する調査を行なった。ただ、地名・町名の研究といえば、その意味、解釈の研究と思う人があるが、それは部分的には出来ても、全体としては資料不足で無理なこじつけになりやすい。今回は、公的機関の委託でもあり、個人的研究色を出来るだけ避け、文献の整理を中心にした。
この本は、短期間の研究成果をもとに、旧町区域を明確にした地図をつけて編集した。充分な内容とは思わないが、今後これが水戸市の旧町名を考えるための、大きな手がかりになることを願う。