南町二丁目
仲町(なかまち)
仲町(江戸時代までは中町とも記していた)は、佐竹氏時代から城郭の前に開けていた町で、町人が多数住んでいた。仲町は大町と南町の間にあったことから、この町名が付けられた。
元和七年(一六二一)から同九年にかけて大町や仲町の商人の多くは泉町に移され、続いて、寛永初年の「田町越」で、下町の田町に移された。なお、同じころ大町・仲町の商家は上金町にも移されており、その跡地は、武家屋敷となった。
またこの地には、天学院(てんがくいん)・珠賢寺(じゅけんじ)・行照院(ぎょうしょういん)・密蔵院(みつぞういん)などの寺院があったが、寛永二年に珠賢寺は材木町へ、その他の寺院も他所へ移動させられ、その跡地も武家屋敷となった。
仲町は、東側が東西に八七間と五七間半、中央は七九間半と五九間半、西側では一〇六間と五九間に割られ、ここに寛政九年(一七九七)には、二五軒の武家屋敷があった。
安政期の仲町
明治六年には第一大区第一小区に、同八年も第一大区第一小区に、同十五年には田見小路連合村に、同十七年には上市連合村に、同二十二年には水戸市仲町となった。
昭和四年には、この町に井戸の数が五〇あった。
仲町に隣接する町は、東が元白銀町、西が西町、南が南町、北が大町で、仲町は、昭和四十一年四月に南町一丁目、南町二丁目、南町三丁目、大町二丁目、大町三丁目となり、この地にはNHK水戸放送局がある。
大正8年の仲町