水戸に生きて100年①

元農業――藤井町 綿引亥之吉さん(101歳)
 百歳になったいまでも、毎日、半日かけて新聞を読み、テレビもドラマこそ見ませんが相撲、ニュースは楽しみに見ています。明治・大正・昭和と生きてきたにもかかわらず、百年も年月が経ってしまったという実感がわかないのは、九十歳まで畑や田んぼに出て農作業をやっていたからかもしれません。
 私は新しいことを始めるのが好きな性分で、昭和の初めには米・麦・大豆に加え、周囲に先がけてゴボウ作りに取りかかったり、十五年ころには地区内で最初に発動機を共同購入するといった試みもしました。
 六人兄弟の三番目だった私は、綿引家に婿養子にきたわけですが、ヨソ者ではできないといわれた常会長や民生委員もやり、戦時中は軍部の指令を村民に伝えるという大役を果たしたこともあります。週に一度の飛行場への勤労奉仕の手配、配給物資の管埋などをやりながら、あらためて地域との一体感を味わったものでした。