B2地点は酒詰仲男氏が発掘調査を実施している。酒詰氏の設定した位置は明確ではないが貝塚を損なわない形で貝層の堆積状況を確認するために酒詰氏のトレンチの再調査が最も合理的であると考えられた。一応、聞き込みによって、その位置を想定しトレンチを設定したのであるが、その位置を確定することは出来なかった。
設定したトレンチは7m×1.5mであり、道路に沿った斜面部の貝層露出地点に調査区を設けた。今回の設定目的はかって調査された部分ならば平面分布と垂直分布の双方を把握できると考えられたが、既調査区をはずれ左場合は貝層には手をつけずに主に貝層のひろがりをおさえることに重点を置いた。しかし貝層の切れる台地下の沖積地面については遺物の包含状況について確認しておこうと考えた。
調査の結果、貝層の上面はほぼ全面的に60~100cmにわたって攪乱が入っている。攪乱層中には若干と貝殻と現代の瓦片、陶器片などが混入しており、比較的新しい時期の攪乱であることが判明した。最も深い攪乱溝は純貝層に近い貝層の上面に達しており、表面にみられる貝殻は深掘によってこの部分の貝殻が露出したものと判断された。
比較的プライマリィな地点からB2地区調査区について言及してみると次のような層順になるものと思われる。
第1層 攪乱層
第2層 黒褐色土層。貝殻はほとんど混入せず、土器片、小石を若干混じえる土層である。土質は粘性がつよく若干のローム粒がまじる。本層は貝層の上面を覆っているものと判断される。
第3層 貝層。純貝層に近い混土貝層、貝層は全く調査していないが花積下層式土器片が検出されている。
第4層 黄褐色土層。ローム粒のかなり含まれる土層である。貝殻は全く含まれないが土器片は若干含まれている。
第5層 ローム層。
本地点(B2地点)では沖積土まで調査の手をのばさなかった。貝層は第4層上にのっているものと推定される。貝層は地点を異にして数地点存在する模様であるが台地斜面は雑木林の繁茂によって地表面から貝殻の散布状況については把握することが出来ない。しかし、貝層の遺存状態はきわめて良好であると判断された。B2地点については貝層に手をつけず、単なる貝層の分布をとらえた。従って貝塚の基本的な構造については詳細に把握していないので略述した。将来、必要があれば別の形で述べたいと思っている。