5.貝層の分析

 トレンチ20-21区の西側においては、50cm四方の平面で柱状にサンプル地点を設定し、層位毎に貝層のサンプリングを行なった。そのうちS13・S15・S25・S26・S29層の各サンプルに対して、貝種組成比率、ヤマトシジミの殻長・殻高分布、焼けた痕跡を有する貝の比率に関する分析を実施した。それぞれの分析結果について報告する。

第1表 貝殻重量に基づく貝種組成比率

 貝種組成比率  各貝層中の貝類全体に占める各貝種の比率は、5mm方眼のメッシュ以上のものを対象として、破片を含めた全ての貝殻について選別を行ない、重量に基づいて算出した(第1表)。各層ともヤマトシジミとマガキの2貝種で99%前後を占めており、次いでハマグリが多い。ヤマトシジミは、S13・S15・S25層という上位の3層が95%前後であるのに対して、これより下位のS26層が91.3%、S29層が87.1%と低い。これは下位の2層にマガキが多く含まれていることによる。特に調査時にブロック状の堆積がみとめられたS29層ではマガキが11.5%を占めるために、相対的にヤマトシジミの比率が著しく低下することになる。ハマグリは、S13・S29層の1%前後が他の3層に対して2倍の比率を示している。その他の貝種では、イガイがS13・S15・S26層で、オオノガイがS26・S29層で、コタマガイがS26層で、クボガイがS29層で、それぞれ0.1%近くを占めており、これ以外の貝種はいずれも0.05%に満たないものである。
 ヤマトシジミの殼長・殼高分布  ヤマトシジミの殻長と殻高は、貝殻が完形のものの中から無作為に200個を採り出して計測し、2mmを単位として計測値をまとめ個数の分布を比率で表現した(第9図)。殻長でみると、各層とも26~30mmの範囲内にピークがみとめられる。S26・S29層が26mmにピークを有するのに対して、この上位に堆積するS25層は、調査時にも観察された通り、殻長・殻高が全体的に4mmほど大きく、30mmにピークを有している。この3層の堆積はほぼ連続しており、S26層とS25層の間には、ヤマトシジミの採取に関わる条件の変化を想定することができる。S25層とS15層の間には未分析の貝層が介在するため変化の開始については明らかにし得ないが、S25層より上位のS15層が28mm、S13層が26mmにピークを有しており、再び全体的に小さくなる。ここにもヤマトシジミの採取に関わる条件の変化が想定されよう。

第9図 ヤマトシジミの殻長・殻高分布(実線が殻長・破線が殻高)

 焼けた痕跡を有する貝の比率  各貝層中には焼けた痕跡を有する貝が含まれており、貝層によってその量に多寡がある。焼けた痕跡は各貝種にみとめられるが、貝層の主体となるヤマトシジミについてのみ、貝種全体に占めるその比率を重量に基づいて算出するという分析を試みた(第10図)。焼けた痕跡を有する貝は肉眼によって識別可能な灰白色を呈したものに限定して(註4)、これを貝種組成比率の分析の際に選別したヤマトシジミの中から採り出した。焼けた痕跡を有する貝のほとんどは破砕貝片であり、5mm方眼のメッシュ以下のものも対象とするならば、層毎にはさらに高い比率を示すと考えられる。分析の結果は、調査時に「焼けた痕跡を有する貝を多量に含む」と観察されたS13・S15・S26・S29層がいずれも10%前後の含有率を示した。これに対してS25層は、2.3%の含有率であり、焼けた痕跡を有する貝がほとんど含まれない。この差異は貝の調理方法によるものではなく、既に残滓となった貝殻のうち火熱を直接受けることにより焼けた痕跡を有するに至ったものがあったと考えられる。それが廃棄以前あるいは廃棄以後であるのかは明らかでないが、廃棄以後には、S29層上面の炉址にみるように貝層の上面が火熱の使用を含む機能空間として利用されることにより、焼けた痕跡を有する貝および破砕貝片が多量に生成されたことが考えられよう。

第10図 ヤマトシジミにみる焼けた痕跡を有する貝の比率(トーン部分が焼けた痕跡を有する貝)