大串貝塚は著名な貝塚であり、多くの研究者によって注目されてきたにもかかわらず、貝塚そのものの基本的データーは昭和11年の大山史前学研究所と昭和24年の酒詰仲男氏による発掘調査による資料に依存していたといえよう。戦後、貝塚の調査・研究は飛躍的に前進をとげ、貝塚を構成する自然遺物から当時の食生活の復元だけではなく生活環境、自然環境の復原もおこなわれるようになった。こうしたことは貝塚の構造の把握なしには不可能である。しかし、大串貝塚はその基本的部分におけるデーター不足によって、那珂川流域の前期縄文時代の復原の上で力不足であることを拒めなかったといえよう。
今回の発掘調査は大串貝塚の平面分布と垂直分布について正確に把握することにあった。といっても、無造作に貝層のひろがりを押えればいいというわけではなく、それぞれの箇所において可能な限りの情報を記録にとどめ学術資料として充分に研究に資するものでなければならない。今回の調査は主トレンチのみを可能な限り、忠実に記録したのは今後の調査・研究の上で確固たる縱軸を作っておこうとしたためである。こうした作業を踏まえて大串貝塚の調査の成果として次の点があげられよう。
1.大串貝塚の貝層の遺存状況はきわめて良好であり、各地区ともほとんど攪乱をみることなく堆積している。さらに、本貝塚は貝層の切れる洪積台地斜面部から沖積低地面にかけての腐植土層中に良好な遺物包含層が存在する。本層中からは土器片だけではなく堅果類も豊富に検出されている。本層はあたかも縄文前期の「夕イム・カプセル」の様相を呈しておりこれらを含む全的保存が必要であろう。しかし、腐植土層中の遺物包含層の在り方の追求は今回は日程的に部分的な把握にとどまっており、詳細は今後の調査・研究に委ねられよう。
2.大串貝塚人の生活文化の内容については、今回の調査によって新しい事実が豊富に追加された。狭い調査面積にもかかわらず出土した骨角器・貝器は質・量ともに予測をはるかに越えていた。これらによって大串貝塚の重要性は縄文前期文化の研究の上で不動の地位を占めるであろう。
3.今回の調査のもう一つの特色は自然遺物の種類および量的把握に尽力したことである。採集した資料の全面的な分析は出来なかったが、基本的なデーターについては提示できたものと思っている。
4.今回の調査地点から検出された土器片はきわめて少量の混入を除けば花積下層式の新しい部分の型式に属している。このことは花積下層式土器の編年研究の基礎資料となるものであろう。大串貝塚からは花積下層式以降の土器型式も検出されているから、将来の調査・研究によって比較・研究を可能にしていくものと思われる。
5.大串貝塚は縄文前期・花槓下層式土器を出土する貝塚としては最大規模を有する貝塚の一つであり、その保存状況の良好なこと、さらに低湿地(沖積地)へ包含層がのびていくことを考えるときに、全国的にみても類例の少ない良好な遺跡の一つであるといえよう。そういう意味において国の史跡指定地域の拡大を含む保存が重要な課題となるものと思われる。