第四章 出土遺物の概要

 今回の確認調査によって検出した三つの小貝層からは,人工遺物として土器,石器,貝刃,動物遺存体として貝類,魚骨,獣骨などが出土している.それらの概要は次に述べるとおりである.
 1 土器(第五・六図,図版第九・一〇)
 ①A貝層出土土器   口頸部破片7   胴部破片51   底部破片1  合計59
 ②B貝層出土土器   口頸部破片7   胴部破片20   底部破片1  合計28
 ③C貝層出土土器   口頸部破片6   胴部破片2    底部破片0  合計8
 上記の三貝層から発見した土器破片の総数は95個である.土器は,すべて胎土に植物性繊維を混入している仲間で,破片から推察できる器形は口縁部を僅かに外反させた深鉢形を呈する.
 ①A貝層出土土器(1~5)口縁部に幅広い縁帯部を有する1は,長さ約1.5cmの短い縄文原体を羽状に押捺する.胴部の文様はループ文や縄文を押捺して羽状の構成となる.
 ②B貝層出土土器(6~22)口縁部には縁帯部を欠く6と縁帯部を形成する9が存在する.前者は,口縁と頸部に細かい刻目を付した隆帯を横位に施し区画した内部に,撚りの異なる2本1組の撚糸圧痕文を蕨手状に押捺し,その中心や他の部分に円形竹管文を配し,さらに短い沈線を充填した構成である.後者は,縁帯部に刺突文や撚糸圧痕文が加えられる.胴部は,羽状縄文による施文が旺盛にみられ,原体を結束したものとしないものがある.底部は上げ底状を呈し,底面にも縄文が押されている.

第五図 出土遺物(A貝層1~5・B貝層6~22)実測図
 
 この一群とは別に網目状文の土器21・22がみられる.これはいわゆる単軸絡条体第5類による網目文で,細い丸棒に撚糸を左と右から捲きつけた原体で回転した文様である.
 ③C貝層出土土器(23~27)口縁部から胴部に至る大型破片23を観察すると,口縁部は弱く外反しながら開く深鉢形の器形を呈する.文様は口頸部と胴部に別れる.口頸部の文様帯は,口縁に2条,頸部に3条の細い隆帯をめぐらして区画をつくり,各隆帯上には縦に刻目を施し,隆帯間のくぼみに撚糸圧痕文を押捺する.撚糸圧痕文はすべてS・Z撚りの2本が一組となって,下方と上方から蕨手状の構図を描き一周する.その場合に蕨手文は上向きと下向きが交互に表出されるようである.各蕨手文の空間には,刻目のある隆帯,撚糸圧痕文,円形竹管文,刺突文,短い沈線文,瘤状突起などが配される.胴部にはループ文(環付縄文)を押捺しているので,この文様が底部まで重畳するものとおもわれる.本土器の口頸部文様帯に瘤状突起,胴部文様帯にループ文を採用した点は,花積下層式の中から関山式に移行する新しい要素と考えられよう.

第六図 出土遺物土器(C貝層23~27)実測図
 
 この他に撚糸圧痕文と沈線文を施文した口縁部破片24がある.25と26は,口縁部の上下に隆帯をめぐらして刻目を加え,その区画内に沈線を横位または羽状に充填したものである.27は肥厚する縁帯部で縄文を羽状に押捺している.
 2 石器(第七図,図版第一〇)
 石鏃がC貝層から1点出上している.無茎の石鏃であって,基部が僅かに内湾し,側縁は直線状に近い三角形を呈する.全長22mm,最大幅16mm,厚さ6mmの大きさである.
 3 貝刃(第七図,図版第一〇)
 ハマグリの腹縁に細かい刃部を作出したもので2点出土している.2は殻長90㎜左殻腹縁の一部に刃部が認められている.おそらく未製品であろう.A貝層出土.3は破損品で腹縁に良好な刃部が作出されている.B貝層出土.

第七図 出土遺物石鏃・貝刃実測図
 
 4 動物遺存体(図版第一一)
 ① 貝類  各貝層から検出された種類は,腹足綱5種,斧足綱3種である.種名末尾のA・B・Cは出土貝層を示す.
 A 腹足綱                B 斧足綱
 クロアワビ     B          マガキ    A・B・C
 サザエ       B          ヤマトシジミ A・B・C
 ウミニナ      B          ハマグリ   A・B・C
 アカニシ      A・B
 オオタニシ     B

 クロアワビ
 湾口部の海水の影響を受ける岩礁付近に棲息する.殻口部の破片が数片認められる.
 サザエ
 潮間帯の岩礁下に棲息する.蓋が1個出土している.大きさは32×37mmである.
 ウミニナ
 内湾の潮間帯の砂泥底に棲息する.殻高18mm程度のものが1個検出された.
 アカニシ
 内海の潮間帯より水深20mの砂泥底に棲む.A貝層から1個,B貝層から3個の標本を検出した.殻高は60~70mm程度のものである.すべて殻口と周縁を打ち欠いている.
 オオタニシ
 水田や沼地に棲む貝である.破損した標本が1個出土している.
 マガキ
 比較的鹹度の低い水域に生育し,潮間帯の岩礁に付着する.B貝層から計測できる標本約30個が出土している.最大殻長は185mm,最小殻長は50mm,100~150mmのものが87%(29個)存在し完形品も多い.一般に生育が良好である.A・C貝層からは殻長は70~120mmのものが10個近く検出された.
 ヤマトシジミ
 汽水域の砂泥底に棲息する貝で,本貝塚の主体となる種である.B貝層の殻を計測すると,大きさは殻長18mmの小型のものから42mmに逹する大型のものまで認められる.量的に多いのは殻長25~30mmの中型のもので,出現率は47%である.このありかたは殻長分布図から容易に理解できよう.A・C貝層においてもほぼ同様の傾向が窺われる.(第八図参照)
 金子浩昌氏によると「貝塚形成当初ヤマトシジミは小型で,その後やや大型のものが捕えられ,再び小型化する過程がたどられているが,より広い貝の棲息圏をもつこのあたりでは,貝の選択がより自由にできたためと思われる1)」と述べている.

第八図 ヤマトシジミ殻長分布図
 ハマグリ
 内湾の潮間帯や浅海性の砂質底に棲息する貝である.A貝層から8個,B貝層から40個,C貝層は破片が1個検出された.A・B両貝層のものを計測すると,殻長38~45mmの小型貝が19個,殻長50~65mmの中型貝が17個,殻長80~90mmに及ぶ大型貝が12個存在する.これらの貝は河口域の干潟から捕採されたものと思われる.
 1)金子浩昌「茨城町の縄文時代前期貝塚から出土した貝類」『茨城町権現峯遺跡』茨城町史編さん委員会昭和63年3月
  ② 魚類  A・B・Cの各貝層からは若干の種類が検出されている.各貝層に共通して
みられた種類はクロダイとスズキである.この2種の魚類は,縄文時代前期前半の那珂川湾口部に位置する那珂湊市道理山貝塚,中丸川の奥部にある勝田市遠原貝塚などでも出土している.数量的な関係は不明であるが,他の魚類に比較して多いのではないかと思われる.今回出土した魚類の部位骨のうちで比較的よく残っているのは,クロダイの前上顎骨,脊椎骨,鰭棘,スズキの下顎歯骨,主鰓蓋骨などである.クロダイは前上顎骨の長さから体長30cm前後,スズキは鰓蓋骨の大きさから体長40~60cmの個体であろう.エイの尾棘は小破片であるが,ヤスとして利用されたかもしれない.
 昭和60年8~9月に発掘したB1地点の貝層出土の魚類については,整理の結果が報告されると,大串貝塚人が捕獲した魚類の種類と内容がよりいっそう明らかになってくる.
 クロダイ  前上顎骨左1,同右1,破片4.ほぼ完形に近い右上顎骨は全長32mmある.この他に脊椎骨,鰭棘などが少量出土している.
 スズキ   下顎歯骨左3,同右2,主鰓蓋骨4.すべて破片である.
 エイ類   歯板は検出されなかったが,尾棘の破片1が出土している.現存長23mm.
 ③ 獣類 出土した獣骨は,シカとイノシシの下顎骨を含む破片が若干検出された.
 シカは,B貝層からM3が残存する成獣の右下顎骨の折損した標本が出土している.鹿角は,自然面を残した角幹部の破片であり,刺突具などを製作する際に割られたものであろう.
 イノシシは,下顎骨の正中部が出土している.歯牙の残存状態は下記のとおりである.

記号下の線はその歯牙を具備する顎骨を示し,括弧内の歯牙は脱落していることを示す.

 左右の犬歯には折損が認められる.下顎犬歯は,牙製品の素材に適しているので,このために切断されたものであろう.シカ・イノシシの下顎骨が,いずれも中央付近で打ち欠いているのは,おそらく骨髄を食用としたためであろうと考えられる.
 この他の小骨片については未整理である.