第五章 まとめ

 今回の確認調査は,(仮称)大串貝塚周辺におけるふれあいのまちづくり事業計画の一環をなすもので,貝層断面の観覧施設を建設しようとするために,貝塚の範囲を確認することが主な目的であった.
 昭和60年の発掘調査時に設定したB1トレンチ北側に続く斜面に貝層が形成されていれば,ここを利用した観覧施設が地形的に最適であるけれども,この場所には全く貝層の堆積がみとめられない.次善の策としては,B1地点の貝層がほぼ東西方向に分布している事実を考慮して,この貝層の北端部,旧簡易水道施設の跡地南端部に確認トレンチを設定して調査を行った.
 この調査の経緯と結果については,すでにその概要を記述してきたように,B1地点貝層の上端部に相当する小貝層が,近接するA・B・Cの3地点においてたしかめられた,貝層は,ヤマトシジミを主体にカキやハマグリなどを混入した良好なものであるが,斜面貝塚における貝層の形成過程を説明できうる資料とはなりえなかった.しかし,本地点貝層の北端部のありかたを把握できたという点では,全く無意味な確認調査ではなかったと思う.
 貝層の形成時期については,出土土器の型式的特徴をみると,他の地点の貝層と同様に,縄文時代前期前半の花積下層式の新しい段階に編年できるものである.
 一方,動物の遺体については,貝類,魚類,獣類などが,種類と数量は非常に少ないけれども発見されている.貝層を構成する主要な貝種は,昭和60年の調査でも指摘されているようにヤマトシジミであり,これに少量のカキ,ハマグリに他の若干の貝類が混在する状態が確かめられた.
 ヤマトシジミは,淡水と鹹水の入り混じった汽水域に棲息する貝であることを考えれば,この付近一帯に採貝活動が行われるラグーンが形成されていたことになる.また,カキやハマグリのような貝は,より離れた鹹水の影響を受ける湾口部が棲息場所となるので,主としてこの付近から採集したものと思われる.クロダイ,スズキ,エイなどの魚類についても,その漁撈活動はもっぱら河口域を中心に行われていたものであろう.
 大串貝塚人の生活行動圈は,台地の近くに展開するラグーンをはじめ河口域の岩礁,海浜までを含めた広い範囲を考えなければならない.