井戸やカマドなど特に生活に欠かせない重要なものは,神様として扱われることがある。
神様といっても,あまりに偉大で尊大な神様であっては困る。神社や神棚に祀られている神様ならば近づきがたい神でもよいが,毎日何回となく利用し,噂話をする集会所ともなる井戸がかたくるしい神様によって守られていたのでは,恐ろしくて利用できなくなる。
したがって,井戸神様はふだんは人前に出しゃばってこない。日常生活においては特別な礼儀や感謝の念を現さなくても,失礼にあたらないようである。つまり,井戸神様は我々の生活を陰ながら暖かく見守ってくれる身近な神様であるようだ。
その井戸神様と人間がどのようにかかわっていたかを,水戸市内に残っている民俗事象を通してみていこう。
まず,正月はふだん意識されていない井戸神様が,年に一度だけ生活の表面に出てくる。玄関や神棚に飾られる注連飾(しめかざり)と同じものが井戸にも飾られ,白い半紙の上に重ねた丸い餅が供えられる。現在は輪飾りという簡単なものが供えられることが多いが,昔は井戸を囲むように注連縄(しめなわ)が張られることもあったという。<若水>はこの神聖な場所で,3日間はいつもの主婦とは異なり家長によって汲み上げられる。井戸神様が神様として認識され,丁重に扱われる数少ない機会である。
また,2月3日の節分の豆まきにおいても,井戸神様が登場する。家の内の鬼を追い払った後,戸外に出て納屋や便所などとともに,井戸の前でも豆まきが行われる。
以上のように年中行事においては,正月と節分の時期に井戸が神聖な場所とされるが,人間が子どもから大人へ成長していく段階での儀式(人生儀礼)でも井戸神様が登場する。
子どもが誕生後初めて外出する(7日後か21日後)際の行き先が,井戸である。母や祖母に抱かれて子どもが家の内から外へと新しい世界へ出ていく時,氏神様とともに井戸神様が最初の目的地となる。井戸神様にお参りし,オヒネリ(半紙で米を包んだ物)をあげて,今後の無事成長を祈るという。ここでは井戸神様は危険の多い乳児を守ってくれる神様のひとつと考えられている。
このように,井戸は毎日遠慮なく使われる場所ではあるが,一方では神様の住んでいる場所とも思われていたようである。それだけに,井戸を新しく掘る時・埋める時には相当の注意がはらわれる。
まず,井戸を掘る時は方角を選ばなければならない。イヌイ(乾・西北)かタツミ(巽・東南)の方角が良いといわれる。イヌイかタツミのどちらか一方のうち,台所や風呂など水を利用するのに都合が良い方を選ぶ。
方角が決まり場所が設定されると,予定地に御酒(おみき)と塩を供えてお清めをする。以前は何でもなかった場所が,井戸の予定地になると神聖視される。幼な子が近よって遊ぶことも禁止されるという。神聖な場所を汚してはたいへんだからである。
不要となった井戸を埋める時も,神様が住んでいるとされていた所だけに簡単にすませることはできない。軽率に埋めてしまうと,その家族にバチが当たり目がつぶれることがあるなどと言い伝えられている。埋める時には,「梅の木とヨシ(葦)を一緒に井戸に投げ込み,神様のお許しをえる(ウメてヨシのごろあわせ)」などの風習を伝える所もある。また,「必ず山砂利を使って埋めなければならない」,「井戸は生きているから竹をさして空気穴をつけなければならない」という伝承も聞かれる。
井戸は単なる深い穴や道具としてだけではなく,生活を支え人びとを助けてくれる大切な神様が住んでいる場所であったのだ。
物質の豊かな使い捨ての現代社会に住んでいる我々には想像しがたいが,井戸は道具であって単なる道具ではなかったのだ。老人から井戸についての聞き書きをする際,常にこういう感情を話者が持っていることを感じた。