明治43年5月に下市水道は完成し,7月25日に水道の通水式を挙行,9月3日に臨時水道部は事業を終了して解散し,市役所に新設された水道課に引継がれた。
予算額と決算額の状況は表に示すように,全体として,9万3,028円60銭7厘87.93パーセントの支出で,1万2,771円39銭3厘の残があった。水源地工事が149.87パーセントの増加であったのは,予算外の「増工事ヲナシタルニヨル」結果である。雑費中にある「損害賠償金500円」については,他に説明する資料がないので不明である。
なお,水戸市下市尋常小学校編『水戸市郷土誌』(未刊)に,総計が9万1,506円15銭6厘になる水道工事費と題する表のような数字がある。項目のことである費目のたてかたが,それまでの予算や決算と異なるため,いつの時点でのものか不明であった。項目中測量費の2,060円5銭2厘は,下市水道の工事費決算と一致するので,同じものが別項目に分類整理されているとみられる。
予算内の各項目,決算内の各項目の割合は,図のようで,全体的な傾向は変わらない。水源工事費の増加以外は,すべてが減額された。なかでも総額1万2,771円39銭3厘の67パーセントを占める配水管布設工事費の減額は大きい。
また,工事費支出の状況は,支出関係書類も残っていないので不明であるが,表のような傾向によって支出されたらしい。