明治11年,第百四国立銀行として水戸上市裡五軒町に,矢野達・矢田登・岡本正靖・大関俗徳・尾崎為貴・小沢敏行・立花義済が旧水戸藩家令長谷川清の斡旋で,第三国立銀行頭取安田善次郎の援助によって,資本金12万円で設置した。
明治30年には私立銀行として,水戸百四銀行と改称した。日露戦争後の財界の不況で不良貸付が多くなり,大正3年には経営は不振となり,同年11月3日に常磐銀行と合併している。
参考 水戸百四銀行
明治11年,第百四国立銀行として水戸上市裡五軒町に,矢野達・矢田登・岡本正靖・大関俗徳・尾崎為貴・小沢敏行・立花義済が旧水戸藩家令長谷川清の斡旋で,第三国立銀行頭取安田善次郎の援助によって,資本金12万円で設置した。
明治30年には私立銀行として,水戸百四銀行と改称した。日露戦争後の財界の不況で不良貸付が多くなり,大正3年には経営は不振となり,同年11月3日に常磐銀行と合併している。