大正9年度に上水道調査費が計上されて,上市地区に対する給水の水源問題が市内各地の話題になった。下市地区のように地下水を利用するか,新たな水源の河川水を利用するか,それぞれに論者があった。河川水には,化学的検討を加えるといろいろな浮遊物があって,そのままは飲料不適切で,大規模な施設により水質を改良する必要があるとの結論になった。これに対して地下水は,一般的には不純物なども少なく,ほとんど汚染されておらず,そのまま給水しても飲料に問題はないとされた。すなわち水の供給がより少ない経費で達成できるというのである。
川田市長は,市内各界における水源論争が一段落するのを待って,井戸を掘って水源とする方法を研究することにし,日本鑿泉合資会社の小林正視技師にその適地調査を依頼した。その調査報告書は,つぎのようである。
鑿泉地点鑑定書
1 位置及地勢
水戸市ハ東茨城郡ノ北端ニ位シ,那珂川ハ西北ヨリ来リテ其ノ北側ヲ限リ,南方ハ千波沼ニ莅ム,東西ノ幅員凡ソ1里8町,南北16町余ナリ,現時ノ人口凡5万2千余ヲ有ス。市街ハ地理的関係ニヨリ自ラ別レテ上市及ヒ下市トナル。上市ハ23.0米(m)ノ高距ヲ有スル台地ヲ占ムルヲ以テ,土地高燥ニシテ遠ク西方ノ山麓ニ及ヒ,下市ハ標高僅ニ5.6米(m)余ヲ有スル低卑ノ地ニシテ,東南ニ開ケ,那珂川沿岸ノ低地ニ接続セリ。
1 地質
水戸市付近ノ地質ハ,地史系統上最新ノ地層ニシテ第三紀層及第四紀層ノ2トス。第三紀層ハ往時ニ於ケル海底沈積層ナリ,第三紀ノ初期ニ於テハ北日本ノ大部分ハ全ク蒼波ノ下ニ没シ,僅ニ関東,阿武隈,北上ノ諸山塊ハ稍々大ナル島嶼ヲ成セシニ過キサリシカ,火山ノ噴出カ旺盛ヲ極メ為メニ地殻ノ発育史上ニ於ケル一大革命ノ時代ニシテ,漸ク海陸ノ境界ハ現状ニ近似スルニ至リ,当時ハ海底沈積物ハ自然ニ加ハル横圧力ノ作用スル所トナリ,隆起シテ新ナル山塊陸地トナリ,或ハ局部陥没シテ個々ノ地塊ヲナセルモノアリ。例ヘハ房総半島,銚子半島ノ如キハ即コレナリ,而シテ陸地ノ時ヲ経テ陥没シ又ハ隆起シテ陸地トナルハ,地質上敢テ奇トセス。陵谷ノ変其例乏シカラス。常陸ノ国名ハ上古海水逆流シテ常ナカリシモ後,潮退キ陸地トナリシヲ以テ即チ名付ケラレタルモノナリ。勿来関ノ如キハ海岸ナリシカトモ,今ハ7・8町ヲ隔ツル丘上ニ在ルハ其一証左タリ。
此ノ如ク火山噴出ノ結果,凝灰岩等ハ本系ノ大部ヲ占メ砂岩,泥板岩ノ如キモ亦火山噴出物ノタメ多少ノ凝灰質ヲ帯ヒサルモノ稀ナリ。
而シテ水戸市付近台地ノ基底ヲ成スハ第三紀最新統ニ属シ,谷田ヨリ酒門,本郷,千波ニ至ルノ間,水戸停車場ヨリ常盤公園ニ至ルノ間,水戸中学校ノ北崖ヨリ兵営,台渡ニ至ルノ間,那珂川対岸ノ台地ニ好露出アリ,殆ント水平層ヲナシ,所在採掘シテ石材トナス。第三紀層ノ成生後,更ニ流水ノ作用ニヨリテ河海ノ低所ヲ塡充セルハ,第四紀層ニシテ新古ノ別アリ,古層ハ洪積層ト称シ上市其他ノ台地ヲ構成シ,基底タル第三紀層ヲ被覆シ,基((其カ))最上部ハ褐色ノ赤土ニシテ次ニ砂礫粘土ノ層アリ,第三紀層トノ接触面ハ整合ヲナスモ,不整合ヲナス所少カラス,現時ノ水系以前ニ於ケル流水ノ撤出作用ニ係ルモノナリ。古層ノ最上部ヲ占ムル赤土ハ,墟母ト称シ主トシテ粘土ト砂トノ混合物ニシテ,火山噴出物ノ分解セルモノヨリ成ル,砂礫粘土ハ第三紀以前ニ於ケル岩石カ,大気流水ノ作用ニヨリ之ニ多少ノ火山噴出物ヲ混シテ沈積セルモノナリ。水戸付近ニ於ケル厚サハ4,50尺乃至100尺以内ナラン。
第四紀新層ハ下市,那珂川流域ノ地,其ノ他低地コレニ属シ,古層ノ成生後更ニ現時ノ水系ニヨリテ侵蝕削磨セラレ,次イテ上流及付近ヨリ搬出堆積セルモノナレハ,其構成ノ状,古層ト大同小異ニシテ粘土,砂,砂利等ノ累層ヨリ成リ,那珂川流域ニ於ケル最厚部ハ400尺内外ノ厚層ヲ成スカ如シ。由来,那珂川流域ノ両側ニ発達セル台地ハ,往昔相連絡セル一帯ノ地タリシモノナレトモ,流水ノ侵蝕削磨ノ両作用ハ造次モ停止スルコトナク,河底ヲ穿チ両岸ヲ刻ミ次テ搬出シテ,遂ニ江渚ノ地ヲ塡充シ,以テ現時ノ地形ヲ呈スルニ至レルモノナリ。
1 地下帯水ノ状態
第三紀層ヲ被覆スル第四紀古層ハ,其ノ構成柔軟粗鬆ナルヲ以テ降水ノ滲透極メテ容易ナルニ反シ,其基底ヲ占ムル第三紀層ハ質緻密ナレハ亀裂其ノ他特殊ノ経路ニ非レハ,地下水ヲ誘導スルコトナク,従テ上部古層ヨリ滲透水ヲ玆ニ掩滞瀦溜セシム,而シテ其ノ逸出ニ際シ,偶々地盤ノ凹処又ハ断崖等ニ際会セハ湧出シテ泉源ヲ与フ,之レ水戸市付近台地ノ中腹又ハ脚部,到ル処湧泉多ク水量極メテ豊富ナル所以ナリ。
著名ナル常盤公園ノ寒水石噴水ヲ初メトシ金明水,銀明水,千波沼ノ南側千波ノ滝,東武館裏ノ湧泉,御殿下ノ湧泉,桜町裏ノ湧泉,太郎坂下ノ湧泉,祇園寺裏ノ湧泉,桂岸寺杉山ノ湧泉,曝井ノ湧泉等一々枚挙ニ遑アラサルナリ,下市ノ簡易水道水源モ市ノ南方笠原新田逆川谷地両側台地ノ砂礫層ヲ穿テル隧道ニシテ,其成因何レモ同一ナリ。水量ハ季節ニヨリ又導水管ノ設備完全ナラサルヲ以テ常ニ一定セサルカ如シト雖モ,大正8年10月ニ於ケル渇水季ノ1日湧出水量ハ凡ソ3万9,768立方尺ニシテ,大正9年5月ニ於ケル最大水量ハ1日凡ソ9万1,260立方尺ニ達シ,平均1日5万6,000立方尺ヲ供給スト云フ。
上市ハ地盤高キヲ以テ水位低下シ,井深8,90尺ニシテ水深僅ニ6,7尺内外ノモノ多ケレトモ,水ハ常ニ環流ノ状態ニ在ルヲ以テ水質良好ナルニ反シ,下市ハ地盤低ケレハ,井浅ク水位モ従テ高ケレトモ水質概シテ不良ナリ。上市其他ノ台地ニハ掘抜井ナシ,曽テ下市十軒町広瀬賢之助氏ノ試ミタル掘抜井ハ,深サ360尺ニ於テ噴水シタルモ,以下600尺ニ至ルノ間ハ軟質ノ岩盤ニシテ,780尺ニ至リ花崗岩ニ逢著シ失敗中止セリト云フ。
水戸製氷会社ノ掘抜井ハ,深サ300尺ニ達シタルモ地下10尺以下ハ軟質ノ岩盤トナリ,2個ノ径3吋鉄管ヲ挿入セルニ水位地下10尺ニ上リ,上部ニ径4尺ノ井側ヲ装置スルコト18尺,揚水中ニ於ケル水位ノ降下地下16尺ニシテ,1昼夜ノ湧水量凡ソ6,700石内外ナルヘシト云フ。而シテ大部分浅キ鉄管ヨリ湧出スルト云フモ,埋設管ノ尺数ハ全ク不明ナリ。其他幸町製饀所,水戸停車場ノ掘抜井ハ何レモ不成功ニ終レリト云フ。
市外根本,圷渡里,芳山,青柳,枝川等ニ於テハ20年以前幼穉ナル折込ミ式ヲ試ミタレトモ,地点ノ撰定宣シカラサリシト,深サ僅ニ数間ニ過キサリシカ為メ水量乏シク,水質又不良ニシテ何レモ失敗ニ帰セリト云フ。近時勝倉,舟渡,三反田等ニテハ上総掘式ニヨリテ成功セルモノ多ク,深度8,90尺ニシテ飲料用及灌漑用ニ供セラル,舟渡菓子舗ノ掘抜井ハ深サ440尺ニ達シタルモ,96尺以下ハ軟質ノ岩盤ナリ,其間僅ニ12尺ノ砂質ヲ介在スルノミニシテ良好ナル帯水層賦存セサリシト云フ。中河内村永井雅楽氏澱粉製造用水源タル掘抜井ハ,地層ノ順序性状等明瞭セリ。深度402尺,径2寸乃至2寸5分ノ竹管ヲ装置シ,水位ハ地下18尺ナリ,故ニ上部ニ径2尺深サ27尺ノ井側ヲ設置セリ。1,450石(1昼夜)揚水中ニ於ケル水位ノ降下4尺ナリ,水質稍鉄分ノ多量ヲ含有スルカ如キモ澱粉製造其他飲料用トシテ毫モ支障ナシト云フ。該井ハ234尺以下18尺,324尺以下78尺ノ厚サアル良帯水層アリテ,以上花崗岩基底ヲナセリト云フ。地層ノ順序左ノ如シ。
粘土39尺,砂3尺,粘土78尺,砂18尺,粘土96尺,砂利18尺,粘土72尺,砂利78尺。
1 鑿泉地点ノ撰定
既述セルカ如ク,水戸市付近ノ台地ヲ占ムル第四紀層古層ハ,多量ノ地表的地下水ヲ包蔵スレトモ,該層ノ厚サハ4,50尺乃至8,90尺ヲ超ユル場合少ク,地形及地質ノ構成上コレニ胚胎スル地下水ハ圧水性ヲ欠ケリ。即チ該水ノ運動ハ,単ニ地盤ノ傾斜ニヨリテ流動スルニ止リ,何等落差ノ大小及ヒ透層被蓋ニヨリテ生スヘキ強大ナル静水圧ヲ受ケサルヲ以テ,穿孔ニヨルモ地表又ハ地表近クニ奔騰スルノ力ナリ,僅ニ一定ノ地盤上ヲ進流スルニ過キサルガ故ニ,鑿泉ニヨリテ多量ノ水ヲ揚水シ得ヘカラス。
第四紀古層ノ基底ヲナス第三紀層ハ質緻密ニシテ,空隙極メテ僅少ニシテ,含水能力ニ乏シ,由来岩石地帯ノ地下水ハ河成平野ノ粗鬆ナル砂礫層ニ胚胎スルモノトハ其経路ヲ異ニシ,層理,亀裂,断層等ニヨリテ養水地帯又ハ上部被蓋層ヨリ補給セラルヽモノナレハ,特殊ノ地質構造ヲ有スル場合ヲ除キテハ水量比較的僅少ナルヲ常トス。
水戸地方ノ基底ヲナセル第三紀層モ,亦質緻密ナル凝灰質ニシテ,気孔性ニ乏シク地層ノ変化乏シク殆ント水平層ヲナスヲ以テ,鑿泉ニヨルモ多量ノ地下水ヲ期待スヘカラス,之即チ前記水戸製氷会社,水戸停車場,舟渡菓子舗等ノ深井ノ不成功ナリシ所以ナリトス。然ルニ那珂川流域タル低地ハ地質第四紀新層ニシテ,地層ハ粘土,砂,砂利等ノ厚キ類層ヨリ成リ何レモ上流地方ヨリ輸送シ来レルモノナレハ,地下砂利層ニ胚胎スル地下水源ハ遠大ナル露頭ニヨリテ補給セラレ,地盤ノ傾斜ニヨリテ流動シ,常ニ浄水ノ滲透ニヨリテ循環交代シ,所謂「アーテシャン・スロープ」(鑿泉坂)ヲナスヲ以テ水層豊富ナルコト想像スルニ難カラス,圷渡,青柳其ノ他ニ於テ掘抜井ハ全然望ミナキカ如ク称セラルルモ,其ハ地点ノ撰定其ノ当ヲ得サリシト,穿貫ノ技亦頗ル幼穉ニシテ僅ニ数間ノ深サニ止リ,帯水層ニ到達セサリシ等ニ基因スルモノノ如シ。
地形地質上ヨリ想定スルニ,鑿泉地点ハ那珂川ノ右岸圷渡別紙陸地測量部地形図ニ赤丸ヲ付セル付近ヲ可トスヘシ。深度ハ凡ソ400尺内外ナルヘク径12吋半,鑿泉ハ喞筒揚水ニヨリ1昼夜1万5千石ノ水量ヲ得ンコト容易ナルヘシ。水質ハ稍々多量ノ鉄分ヲ含有スルノ傾アランモ,水中ノ水酸化鉄ハ砂礫濾過法ニヨリテ容易且完全ニ脱鉄スルヲ得ルヲ以テ,敢テ顧慮スヘキ有害成分ニ非サルナリ。
付記,圷渡ニ鑿泉シ,1昼夜1万5千石ヲ揚水シ,更ニ之ヲ15丁余ヲ隔ツル高サ80尺余ノ台地ニ送水スルモノトシ,揚水及送水動力ヲ算定スレハ左ノ如クナルヘシ。
水量 1万5千石(1昼夜)
揚水ノ高サ 80尺
送水動力 送水ノ距離 15町 但シ摩擦損失ヲ20尺ト仮定シ全揚程ヲ100尺トス
此ノ動力 30馬力(但シ2段式高圧タービン喞筒)
汲上ケ動力 1万5千石揚水中ニ於ケル水位ノ降下ハ地面ヨリ50尺ト仮定シ,「エヤーリフト」 喞筒ヲ使用スル場合 動力 30馬力
大正9年7月21日
日本鑿泉合資会社鑑定課 技師 小林正視
報告によると,水戸市付近の台地端の湧水地は多く水量もあるが,水道用水源としては問題があり,那珂川流域の低地である圷渡里が最適としている。湧出量は1昼夜に1万5,000石と計算でき,多量の鉄分が含まれているが水中の水酸化鉄は砂礫ろ過法にて除去できるので,有害成分はないともある。
この報告書が出ると,再び水源選定問題が表面化し,鑿泉式に反対する議論が多くなった。鑿泉式は欧米では成功しているが,我国のような地質構造が複雑な土地では不適である。この方法は地下の帯水性地層の大小が全てを決定する。供給量の状態は,地下構造という見えないものによって左右される不確定要素が多い。小規模な水道施設なら充分な効果を発揮するであろうが,大規模なものになれば危険性も大きくなるという。