3 岡田卯之助の調査報告

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 岡田技師は,水源は那珂川にと決定していたが,その採水方法や地点については未定であったことから,大正14年3月に具体的調査を始めた。内容は,水量水質と水道施設工事の両面からの検討である。

 水源としての那珂川の問題は,どの地点でどのような方法によれば,良質な水質が,どの程度安価にそして充分に確保できるかであった。しかもそれは,都市人口の集中や産業の発達によっても影響されることがなく,工事費用の面からは都市に近くて質量ともに長期間安定供給ができる地点でなければならない。このように矛盾する2つの大原則が,より問題を少なく,バランスの保たれるようになる条件地点を捜すことが必要であった。その地点の善し悪しが水道事業の成否を決定するため,この仕事はもっとも重要なものである。

 水量については,当時の人口が上市が3万1,467人,下市が1万5,756人の合計4万7,223人で,増加を見込み上市5万5,000人,下市2万5,000人の8万人とし,それに1人1日平均給水量を4立方尺として計算すると,最大1日32万立方尺,毎秒3.7立方尺を必要とする。那珂川の水量はそれに充分耐えられ,農業用水問題と競合することもなかった。このように水量は問題がなかったため,調査の対象は水質問題に限定されることになった。

 水質については,那珂川を利用することを前提にしての検討であるから,取水の位置と直接河川水を取水する表面水とか表流水とか呼ばれるものと,河床やその近くを潜流している水である伏流水を取水する場合の相違点,功罪の問題であった。表面水は浮遊物が多く降雨によってよく濁る。伏流水には自然のろ過作用によってそのような心配がないかわりに,有機物質などの不純物が多くなる欠点もある。このため水道施設上よりみれば,表面水の利用は浮遊物を沈でんさせるため,沈でん池とろ過池の設備を必要とする。沈でん池は,給水人口に対して1日分の給水量をもつ池が2個,ろ過池はこれを浄化させるだけの面積が必要だという。伏流水の場合は,沈でん池の必要がなく,ろ過速度も早くすることができるため,その池面積も表面水利用の半分程度でよい。しかも水の汚れが少ないから,ろ過床の掃除回数も少なく,その費用も安くなる。また,伏流水は地熱の関係によって表面水より年間の温度差が少ないため,利用する住民の保健衛生にとっても有利であると説明された。

 水道の水源は,江戸時代から明治時代までは規模も小さかったことから水量も少なくてすんだため,また水源地の汚染も少なかったので,都市に近い河川,湖沼,泉などを利用した。それは大正時代にも同様で,表のように全国的には地表水,特に河川の表流水の利用が主であった。ところが,昭和初期には,水質の汚染が心配されるようになり,それを避ける手段として,また施設建設や維持の経済的事情もあって,水源を伏流水に求める傾向が強くなっている。水戸市の全市水道計画も,以上のような時代傾向を背景として推進されたのである。


全国の水道水源