1 通水

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 通水は,最初昭和8年3月末日とされていたが,工事の各段階が順調に完了したため予定日は昭和7年6月末日に変更された。それもまた,天気や従事者の努力もあって予定した以上の進展をしたので,4月12日よりとなった。

 4月13日に配電板とポンプが取付けられて高区配水塔に試験揚水が始まり,13・14・15の3日間に給水第1区域である馬口労町・谷中・新屋敷に通水された。区域内各配水鉄管に水が充満するのを待って,漏れ水の検査と19か所の消火栓で試験放水して配水管の洗浄をした。そして18日以降は,配水管洗浄のため飲料水以外での利用を前提とした給水を,20数戸に許可した。また,同日に,全市消防隊に消火栓のカギを渡した。これによって,消防隊の再編成問題と火災保険掛金の引き下げ運動が,市民の関心事となった。火災保険については,どこの市でも水道布設が完成すると,その掛金の率が2から3割も引き下げられている。水戸商工会議所は,それらの例をもとに保険協会に対して,正式に率の引き下げを申込んでいる。

 4月15日午前11時,鈴木市長は市役所前に市内の官庁関係者などを招待し,通水式を開催し,その後消防隊員を動員して試験放水を公開した。正午からは市会議場で小宴があって,参加者とともに市当局関係者は,1年半の労苦がようやく認められたことを知った。当日の新聞は,「消費都市から生産都市へ全市更生の日成る」「7年4月15日こそ

 大水戸市のため祝福すべき日である」と報道している。


市役所前での試験放水


平成7年4月6日「いはらき新聞」


平成7年4月15日「いはらき新聞」

 下市の低区給水区域には,4月25日に試験通水を始め,管内の泥吐作業,低区配水塔に対する揚水試験,各構造物や埋設鉄管の漏水試験を同28日に終了し,29日正午に下市各所で消防隊による放水の公式試験をした。このとき工務課の原主任技師が,つぎのように語っている。

 水道工事は,鉄管に水が充満して初めて「出来ました」と言へるのです。水戸の水道は,延長19里余に亘るどの埋管にも水は充満した。即ち出来上ったのです。出来上った水戸の水道は,今のところ1ヶ所も洩水してゐ((い))るところはない。上市方面の清水が生のまま飲料に供して差支ないかどうかは,目下分析中ですが,鉄管は既に20日間の洗浄が行はれてゐ((い))ますから,学術的にも既に差支ないものと思われる。


浄水場での放水試験


通水の祝宴

 このように,全市水道は,4月末日には市内全体に通水は完了したが,飲料水としての正式認定もなかったため,給水は後日となった。

 各家庭などに対する給水工事は,工事班が5組作られて,4月16日より始まっている。


昭和7年5月1日「いはらき新聞」