水道庶務委員会は,布設工事完了による臨時水道部の解散について研究するため,委員17人が3班に分かれて福島・仙台方面,前橋・桐生方面,名古屋・静岡・岐阜方面に出張した。昭和7年3月22日には,約120名になる臨時水道関係者の解散手当について協議し,25日には各地の前例をもとに勤続年限の俸給の2分の1を賞与として支給することを決定した。試算によると,その総額は10万円となった。
関係者の解職は,作業の完了した鉄管試験所の15人を3月限りとし,その他を8月下旬と予定した。9月からは,土木課下市給水係を吸収して,常設水道課を新設することになった。実際には解散手続が2月24日に1人,3月30日に10人,4月2日に1人,6月15日に1人,7月31日に46人,8月1日に29人となった。7月31日には,顧問の茂庭忠次郎,嘱託の大口章次と大森茂も解職されている。
なお,残務整理もあって,技師長の岡田卯之助,庶務主任の高橋六郎,主任技師の原芳男,浄水場工営所主任の佐藤謙輔,鉄管布設工営所主任の伊藤金太郎,そして高区と低区の配水塔工営所主任後藤鶴松らは8月1日付となった。原芳男は,8年3月末まで竣功書類を作成するために残り,同時に石岡水道の工事設計書作成にも参画した。佐藤金太郎は,東京水道敷設工事において「日本一」と折紙された人で,老齢のため水戸に残り工事係となっている。
7月31日,一部市会議員が主催して,水道完成慰労金分配反対の市民大会があった。大会は,1 市会議員に対する慰労金品は全廃すること。2 市会議員以外市長以下の慰労金は,決定額の10分の1に減額すること。3 すでに支給を受けている者はその7分の1にあたる金額を市に寄付することを決定した。なお,その決議を実行するための実行委員17名を選出し,市当局に申込むことになった。
実際には,昭和7年2月24日の退職1名と3月31日の退職10名,4月2日退職1名の12名には4月21日に解散手当が支給され,6月15日退職の1名には同日に,7月31日の46名と8月1日の29名については7月31日付でそれぞれ解散手当が支給されていた。その総額は,解散手当の支給関係表のように5万7,573円であった。
なお,これ以外に市会議員(全市水道委員でもある)には1人当たり180円のプラチナ時計,前市会議員には30円の記念品が,顧問には198円50銭の記念品が与えられ,その総額は5,778円50銭であった。なお,市長や助役・収入役の賞与と竣功賞与は,表のようである。