1 ろ過池は出目金で

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 水道水のなかに発生する生物には,利用者の健康や精神的打撃と経営に対する信用の問題もあって,早くから関心が高かった。

 そのころ,各地の水道水に「ナイス」と呼ばれ,細菌や原虫類を食べる小さな虫がよく発生した。これは寄生虫ではなく,それに寄生虫の卵や幼虫も含まず,誤まって口にしても胃液で死に,人体には影響のない約1センチメートルの絹糸状の虫であった。ただ,この子虫が死んだ場合は,細菌や原虫が,これを養分に急激な増加をするので,この面から問題はあった。

 市芦山浄水場では,昭和7年の完成時に「ユスリカ」が多数発生した。これは蚊に類似するが,それより小さくて体長5ミリメートル内外で,吸血せず,夕刻には群れ飛ぶ習性がある。虫は,赤虫,赤ぼうふらと呼ばれるセスジユスリカ・アカムシユスリカ・ウミユスリカなどで,ろ過用に使用されているろ過池内のろ砂に穴を作って住みつく。

「ユスリカ」退治として,ろ過池内にメダカを放したが,数が少なかったために,赤虫の増加率を低下させることはできなかった。

 この反省で,昭和8年には表層にいてろ砂を破損することがないもので,捕食虫量が多く,多量入手のできるものとして金魚を放した。734.07平方メートルのろ過池1面当り,2年生金魚約300から400匹を放すと,1匹が1日最大300から400という捕食であったため,「ユスリカ」の幼虫はほとんど見られなくなった。ところが,ろ過池は飼料があるのか,春に1年生の幼魚を放すと秋には4寸以上に発育する。和金で2年生になると5寸以上の大型となり,運動量も大きくなってろ砂を破損することが多くなった。そこで,昭和9年の春からの放魚は,つぎのように和金以外の琉金と出目金にしている。


放流金魚

 一般に市水道が利用している水源のような伏流水は,表流水に比較して清澄なものが多いが,有機物や酸類もまた多量に含むことがある。那珂川は那須火山系を水源地とする関係上,河川水に酸類を多く含む,それが水戸市付近の中州砂層中の鉄分と作用して蓄積している。これは,昭和7年から同9年にかけての茨城県衛生課,市水道試験室の水質試験でも明確であった。


水質試験「鉄分」


表流水と伏流水の「鉄分」試験(市水道試験室)

 以上のような環境下には,ヒドラが発生する。ヒドラとは,淡水に生息する体長約1センチの小型の腔腸動物で,体は円筒状,口の周囲に数本の長い触手があり,石や水草などに付着していて水の中の微生物を捕食する。その外形が異様なことから,ギリシア神話にでてくるヘラクレスに退治された「9頭の蛇」の名が付いた。

 市水道の集水埋管の位置は,砂層も浅く,一部は粘土層中にあり,洪水時には完全に泥土で覆われ,管内はヒドラ発生に好条件であった。これは,集水埋管や低揚ポンプの能率を低下し,ろ過池の寿命を縮小させることになる。

 市水道課は,これらの状況を知って,「上水試験法」の形式的統計的水質試験では不充分と,全市水道施設完成の昭和7年4月より市内南町薬剤師谷川清に,特別に水質検査を依頼している。伏流水の完全定量分析,量水井内「コークス」層の効果,鉄管内における水質の変化と液体塩素の及ぼす影響,ろ過速度の水質に及ぼす影響がその研究課題であった。

 これらは,現に配水を始めた水質の飲料水適正,浄水とろ過の方法の再検討にもなるため,水道の維持管理にも影響する大きな問題であった。

 上水道事業においては,ヒドラ退治の方法として,薬品か特別な網が利用されてきた。市水道では原水の状態から,量水井中に網としてコークス層を形成することで始めている。委嘱されていた谷川清の調査結果では,コークスはヒドラ防止の効用期間が短かいが,有機物と固形物・硫酸塩・硝酸塩などの減少には効果があった。なお,鉄分の除去能力はなかったとされる。

 昭和9年12月5日の「濾過池ニ於ケル淡水生物ノ件報告」(浄水場係主任海老沢民之助)や「顕微鏡下」によると,浄水場内のろ過池で発見された生物は11種類もあった。


ろ過池内で発見された各種生物


オクロモナス(クロミドモナス)


シンベラ,ランセオラタ


ヒラタウサギワ虫


クマ虫


ヒゲクマ虫


ヒゲクマ虫


ミクロスポ


トリボネマ


アンキスッロデスムス


鉄バクテリア


キートホラ


ナイス

 昭和11年8月18日午後3時の水温測定中,第2号ろ過池における水の引出口にて,ナイスが発見されたため,ただちに使用を中止した。同じものは,第1号と第3号ろ過池の引出口においても生息していた。薄い肉色で,透明のゼラチン状をなし,顕微鏡によると腸管中には藻類とろ水中にあると同じ鉄分が観察された。

 第1回目の駆除は,8月19日午前9時15分より量水井に硫酸銅溶液を1ppmの割合で滴下して混入することから始まった。混入18時間30分後である8月20日には,ナイスや微生物の活動に変化はなかったが,第3号ろ過池で1年生金魚50匹,2年生金魚が1匹死んでいる。21時間40分後の8月21日になっても,各号ろ過池の引出口内のナイスなどは異常なかったが,金魚は第3号で1年生20匹,2年生2匹,第2号で2年生5匹が死んだ。

 第1回目は失敗したので,第2号ろ過池の全部を排水し,調査した。ろ過砂は多賀郡高萩産(高萩市)のもので,昭和7年3月敷き込みが完了してから別に問題もなく,生物発生の原因はみられなかったが,ろ砂の表面下19センチ程度までは汚染度が平均0.3パーセントもあった。ただ,集水主溝内に酸化鉄分が付着しており,ナイスやミヅムシ・キクロップスなどの生息群もあった。

 第2回目の駆除は,第2号ろ過池だけを試験池として,引出口より1ppmの硫酸銅溶液をろ水とともに逆入し,23時間20分放置した。その後,これを全部排水して調査すると,前回と同じに主溝口に酸化鉄分が付着し,ナイスとミヅムシ・キクロップスなどが生息している。

 硫酸銅の分量がどのようにナイスに関係するか,8月25・26日には2個のビーカーに500立方センチメートルの2種類の水を入れ,それぞれ5匹のナイスを入れて試験した。これによって,ナイスは硫酸銅の50万分の1の溶液が致死量として最適と判断した。

 第3回目の駆除は,8月26日に50万分の1となるように硫酸銅溶液を注入した。その24時間後の27日になってもナイスは死滅せず,酸化鉄浮遊物が藻中に集団で生息し,上下運動をしていた。それは62時間後も同じであったため,藻類やろ過膜構成生物に対する影響,ろ過効果の減少の恐れもあって,作業は中止した。硫酸銅の混入水を全部排水し,毎時80立方メートルのろ過水で24時間つづけて洗浄をした。この結果は成功し,ナイスは1匹も見られなくなっていた。同じ作業は,第1・第3のろ過池でも実施されて成功している。


ナイスの死亡時間

 各種工作物にも,つぎのように多くの生物が発見されたが,いずれも多量な浄水による洗浄で駆除できた。

  高揚吸水井 生物3匹

  高区配水塔 ナイス3匹

  低区配水塔 ナイス2匹

  送水本管 ナイス1匹

  配水鉄管

   馬口労町泥吐 ①ナイス20匹

   市役所前泥吐 ②ナイス5匹

           ミヅムシ10匹

           クマムシ3匹

   松本町泥吐 ③ナイス3匹

   八幡町泥吐 ④ナイス5匹

   釜神町泥吐 ⑤ナイス8匹

   寿橋泥吐 ⑥ナイス4匹

   搦手橋泥吐 ⑦ナイス3匹

   台町消火栓 ⑧ナイス2匹

          キクロップス3匹

その後,水道施設より発見された生物はつぎのようである。

参考『水戸地方水道の「ナイス」発生に就て報告』高橋六郎 水道協会雑誌昭和12年3月号


接合井より採取(昭和11年8月20日) ヒル トビムシ(端脚類)


接合井より採取(昭和11年8月20日) ミズムシ


ろ過池より採取(昭和11年8月20日) テフ キクロップス


高揚吸水井より採取(昭和11年9月25日) 円形動物


低区送水管より採取(昭和11年10月1日) 糸ミミズ


釜神町4吋鉄管より採取(昭和11年10月12日) スケラリア