十月八日(金) [はがき二葉]

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[表一] [表二] [裏一] [裏二]
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[表 一]
消印午後5時-6時
赤坂区青山南町
六ノ一〇八
 小宮豊隆様
      本郷曙町
      十三
       寺田寅彦


[表 二]
消印不明
赤坂区青山南町
六ノ一〇八
 小宮豊隆様


[裏 一]
    変体詩 其一
  歯ぐきが脹れて耳が鳴る
  網膜の上をデカルトの渦が躍り廻る
  冷い物質と物質が
  熱い血の中で喰ひ合つて居る
  歯ぐきでも耳でも胃袋でも
  歯ぐきよ胃袋よさようなら
  空腹の生んだ科学も
  性慾の生んだ芸術も
  さようならさようなら
  米と塩はあるかい
  それでいゝさようなら

    変体詩 其二
  鶏頭が倒れかゝつて居る
  起こしてくれ、おれは歯が痛い
  蜻蜒の群が
  夥しい蜻蜒の群が
  隊を立てゝ飛んで居る
  蜻蜒よ
  少しじつとして居てくれ
  おれは今歯が痛い
Alles pech! Alles pech!

     十月八日作 フズドールスキー 〔以上はがき一〕


[裏 二]
    変体詩 其三
  林檎が棚からおつこつた
  星の欠けらを一寸なめた
   オムレツカツレツガーランデン
   カントにヘーゲル、アインシユタイン
  みゝずの眼玉は見付けたが
  碧い瞳に一寸ほれた
   フアウスト、ハムレット、バーベリオン
   ドンナーウェターパラプリユイ

 ひとりでにこんなものが出来ましたから御笑草に御目にかけます。」 弱陽性といふのが案外持続してとれないで居ます。もうそろ/\よくなるでしやう。」
    十月八日
  今計つて見たら七度六分ある、多分歯齦(はぐき)の熱でしやう。
  此んな事ばかり書いて強いて憐みを乞ひたくはないがし方がない。やつぱり黙つて居るのは苦しいから許してくれ玉へ