十二月十四日(月) [絵はがき]

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[表]
消印午前9時-10時
本郷森川町一柳瀬方
 小宮豊隆様
    小石川原町十
      寺田寅彦


[裏]
昨日は朝からホトヽギスヘ送る小説を書き直して居てやつと一時近くから出掛けました。何だか君が僕を待て居る様な気がしたけれ共僕の足は大急ぎで上野へ向ふた。着いて見ると大学院の男が二人来て居て其れと並んで腰をかけた。時〻後をふりかへつて見たが君は見へなかった、其代り知つた人の顔は大分見へた。いくら見まわしても君は見へぬから何だか少し気が咎めました。」 シユーベルトのは眠くなつた バスの弾手も眠りこけそうで気の毒であつた。トバニーのはラインの旅行記で大分写真派でした。長唄で十郎が夢枕に立つ処の大薩摩はよかつたが背景が調和しない。それから
[表]
「二人道成寺」で薄暗い中で爺さんと色の黒い若者とが踊つて居るのは一種の凄味を覚へました。髪の油の香や衣の薫の籠つた室が段〻に暗くなつてあちこちの女の顔がぼんやり白くなるのは妙な感じでありました。会が終つてドヤ/\階段を下りる時に若い男と若い女とか交る/\顔を見合す。僕は年を取つたと人がいふけれ共まだいくらか血が通つて居ると思ひました。」君はとう/\見へなかつたと思つて居たら今朝御手紙が着きました