発掘調査は、国道十号の混雑緩和のために建設省によってバイパス建設が計画されたことにより、福岡県教育委員会が建設省九州地方建設局から委託を受けて実施された。調査期間は、昭和六十三年度から平成二年度まで実施され、一万二五〇〇平方メートルがその対象面積となった。発掘調査に先立つ遺跡分布調査では、小字川ノ上地区に古墳の残骸数基と弥生土器が散布し、果願寺地区に低墳丘が数基確認された。遺跡分布範囲を確定するために試掘調査も実施し、道路幅全体の一万二五〇〇平方メートルが発掘調査対象面積となった。
発掘調査方法は、調査対象が道路幅に限定され、しかも用地買収と工事計画の都合によってA~Eの五地区に区分して不規則に実施せざるを得なかった。本稿で紹介する弥生終末から古墳初期の墳墓群は、北側果願寺地区のC~E地区に所在する。C地区の調査は、古墳群の調査が先行し、その下部に存在する墳墓群と縄文・弥生遺構が最終段階で行われた。E地区の南西側に未開墾地区があり、ここに低墳丘の墳丘墓が確認されていたことから、機械力を使用しない完全な人力発掘となった(第13図参照)。