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遺跡の詳細

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検出された遺構・遺物の詳細は、以下に述べる。
 掘立柱建物跡のうちSB001は南区の南東部に位置する方二間の総柱建物で、規模は東西柱穴間が一五〇センチメートル等間隔の三・〇メートル、南北間は一七一センチメートル等間隔の約三・四二メートルである。柱掘方は基本的に隅丸方形をなし、五〇~七〇センチメートルの大きさである。埋土は黄褐色を呈し、比較的古い時期の建物跡と考えられる。SB002(第49図参照)は南区のほぼ中央部に位置する桁行四間(六・五二メートル)、梁間二間(三・三〇メートル)の南北棟建物で、各主柱穴間には更に三本前後の小柱穴を設ける。柱穴の埋土は暗灰色を呈し、やや新しい時期の建物跡と推定される。これら掘立柱建物跡の建築方向は、SB006を除くとすべて南北棟建物で、方位も磁北から西に一〇度前後で一致している。

第49図 正道遺跡SB002発掘状況

 土壙は北区・南区で合計一〇基検出されたが、平面形態が長方形に近いものが多く、土壙墓と断定できるものはない。SK008は南区の中央よりやや南側に位置する。平面形は南北約二・〇メートル、東西約一・七メートルの方形をなす。遺物は土師器の碗・皿、瓦器碗・白磁碗などと、塼仏(せんぶつ)(第50図)が一点出土した。この塼仏は長さ六・七センチメートル、幅五・〇センチメートル、厚さ一・一センチメートルで、文様は大分県宇佐市虚空蔵寺塔跡出土のものと同形式で「右手施無畏、左手を膝におく如来像が宣字座に腰掛け、左右には後脚で立つ二匹の獅子を表している。両足は厚味のある蓮華に置く。左右に向き合う獅子を配した台座は、下部の蓮華に支えられたように宣字座を支える台座となっている。」(賀川光夫「宇佐虚空蔵寺塔址発見の塼仏」太宰府古文化論叢、一九八三)。当塼仏は図案の対称性からみて、左辺が一、二ミリメートル程度削られている可能性がある。

第50図 正道遺跡 SK008出土塼仏