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香春岳城開城

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続いて、中国勢は香春岳を包囲して日を送り、十二月四日までに一の丸を占領し、十二月二十二日までに水手を押さえて、陥落も時間の問題となって、高橋元種は森壱岐守吉成を通して、命乞いし、香春岳を明け渡し、元種も一命を赦(ゆる)されて、人質を差し出した。香春岳には森壱岐守が城番となって、秀吉の動座を待つことになった(第3図参照)。
 

第3図 香春岳(香春町)
一ノ岳(左)、二ノ岳(中)、三ノ岳(右)

 天正十五年(一五八七)一月二十八日、黒田孝高は、萩原民部丞ら豊前の国人たちへ秀吉の動座が近いこと、その際、挨拶(あいさつ)に出頭すること、確かな人質を出すことを命じた。