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石器群の変遷

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1-6 石器の変遷

大宮台地の石器群の変遷は、発掘調査の件数が増えるにしたがい、徐々に明らかになってきている。しかし、現状ではまだ町内の遺跡だけで全ての時期を語ることはできない。ここでは周辺地域の遺跡をも含めて概観しておきたい。
 第Ⅰ期第Ⅹ層~第Ⅸ層 大宮台地で確認された第Ⅰ~Ⅲ期の遺跡は少ない。第Ⅰ期としては、さいたま市の明花向(みょうばなむかい)遺跡、西大宮バイパスNo.5・6遺跡が挙げられる。石器は定型的なものが少なく、西大宮バイパス遺跡で僅(わず)かに台形様石器があるだけである。
 第Ⅱ期第Ⅶ層 さいたま市の松木遺跡下層が該当する。ナイフ形石器と大形の縦長剥片がまとまって発見されている。
 第Ⅲ期第Ⅵ層 さいたま市の北宿西(きたじゅくにし)遺跡が挙げられる。黒曜石(こくようせき)製のナイフ形石器がまとまって発見されている。
 第Ⅳ期第Ⅴ~Ⅳ層 大宮台地はこの時期になると遺跡数が急増する。町内でも前原遺跡からこの時期の石器が発見されている。近隣では北本市の提灯木山(ちょうちんぎやま)遺跡、上尾市の殿山(とのやま)遺跡、さいたま市の中原後遺跡、大和田高明(こうみょう)遺跡、鴻巣市の新屋敷遺跡などを挙げることができる。石器は横広の剥片を素材としたナイフ形石器や角錐(かくすい)状石器、掻(そう)・削器(さっき)、磨石(すりいし)など多くの種類の石器が発見されている。また、殿山遺跡や提灯木山遺跡からは関西から瀬戸内海地方に見られる国府(こう)型ナイフ形石器が検出されており、広い地域間での交流がうかがえる。
 第Ⅴ期第Ⅳ上~Ⅲ層 所沢市砂川(すながわ)遺跡発見の石器を基準資料とすることから、砂川期とも呼ばれる。縦長剥片を素材として外観を平行四辺形ないし尖頭器形に整えたナイフ形石器が多く作られている。町内では前原遺跡、金原(かねはら)遺跡がこの時期を代表する。近隣では、川口市の叺原(かますはら)遺跡、北本市の提灯木山遺跡などがある。
 第Ⅵ期第Ⅲ層 細石器と尖頭器に象徴される時期である。大宮台地ではこの時期の遺跡は少なく、細石器では宮代町の逆井(さかさい)遺跡が大宮台地を代表する最も良好な遺跡であり、尖頭器では伊奈町の北遺跡を挙げることができる。


1-7 逆井遺跡第1号ブロック