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コラム 石偶(せきぐう)

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 「何か、細長い妙なものがあるぞ」、前原遺跡の発掘調査も佳境に入ったある日、黒色の土からローム層へ至る間の褐色土層中から若干顔を出した長さ四センチほどの小石がある。石は細長く、幅六~七ミリ、側面を磨き、形を整えており、上から五ミリ程の所、真中、そして下から二ミリ程のところと、合わせて三本の線刻が施されていた。
 「何だろう。」見ると、どうも人の形に似ている。縄文時代のこうした石で人を形どったものは、一般的に形態によって「石偶」もしくは「岩偶」と呼ばれ、縄文時代草創期にすでに存在する。扁平な石に線を刻み付け、人を描いたものなどがある。主に東北地方の前期や晩期には、人形(ひとがた)に整えた石偶が出土しており、大きさも前原遺跡のものよりかなり大きいのが特徴的である。また、一般的には人形(ひとがた)としては粘土をこねて人を形どった「土偶」が知られている。
 こうした人形像は、縄文人の信仰の道具として、こころの世界(精神文化)を表すものと言われている。前原遺跡で発見された石偶もそうした意味合いを持つものと思われるが、同時代である八〇〇〇年前縄文時代早期の他の遺跡では土偶は若干出土しているものの、石偶は全くと言って良いほど発見されていない。土偶は、前原遺跡では出土していないが、そのかわりにこうした石偶が出土しており、特徴的である。
 前原遺跡では、この他、一回り大きく上下の端に線刻が施されたものや、勾玉状で同様に上下の端に線刻が施された二点の石偶も出土している。
 この小さな石偶に、前原縄文人はいったい何を祈ったのであろうか。

1-18 前原遺跡出土石偶