氷河期も終焉を迎え気候も次第に温暖化し、旧石器時代から縄文時代へと変わった。こうした環境変化の中で、土器が出現し食生活、食文化が大きく変化したが、もう一つ、気候の変化によって変わったものがある。
旧石器時代、日本列島はいく度か大陸と地続きであった。その頃、宮代町付近にはマツやモミなどの針葉樹林が広がり、周辺には谷や沼地、川などの低湿地が広がる景観であったと推測されている。ここには大陸から渡ってきた、重さ四~五トンもあったと言われるナウマンゾウやオオツノシカなどの大型動物が生息していたという。その後、氷河期も終わり、気候が温暖化するにしたがって森はコナラやクヌギ、クリ、クルミなどの落葉広葉樹が生い茂る景観へとしだいに変わった。それに伴い動物たちも、動きの鈍い大型獣に代わって、すばしこい中・小型のシカ、イノシシ、ウサギなどが山野を跋扈(ばっこ)するようになったのである。こうした環境の激変に伴う動物相の変化は、狩猟(しゅりょう)法の変更を余儀なくされるのみならず、新たな道具の開発を促すことになった。弓矢の登場である。
前原遺跡では、尖頭器(せんとうき)が四点発見されている。尖頭器とは、動物等を狩るための槍の先端に装着した石器のことであり、旧石器時代終末期に現れ、縄文時代草創期(そうそうき)には姿を消している。前原遺跡の四点はいずれも表裏がきれいに加工されており、そのうち二点には舌部がある。時期的には、おそらく微隆起線文(びりゅうきせんもん)土器等と同時期の縄文時代草創期に製作されたものであろう。しかし、その頃には以後縄文時代を代表する石器の一つである石鏃(せきぞく)の製作がすでに始まっており、その普及は急激に尖頭器を駆逐することになるのであった。