百間村に所在し、宗派は新義真言宗である。百間東村西光院の末寺で、金谷山といい、本尊に地蔵菩薩を祀る。応徳二年(一〇八五)に清範法師が開基したと伝えるが、一説には天正元年祐源が造立したともいう。境内地に墓地がなく、金原共有墓地を使用している。境内七反一畝二六歩は除地となっている。境内には地蔵堂がある。金原共有墓地は、遍照院持で、廟所と称され、九畝歩は除地となっている。また、庚申塚一畝五歩も除地となっている。村内雷電社の別当を務め、「シモデラ」と称されている。
新四国八十八ヶ所の八四番で金谷原村金谷山遍照院ともいわれ、ご詠歌は「ふかくとも つりえてあまが そでのうら こゝろのふねの よするきしかな」と詠われている。