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通俗巡回文庫

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地方改良運動の一つに青年補習教育があり、これと連動するものとして、埼玉県では、明治四十二年八月、教育の普及と青年修養を目的とする埼玉県通俗巡回文庫規程を定めた。そして県下を六方面四八区に分割し、通俗文庫を巡回させることにした。町域は、第五方面の第七区の巡回町村は黒浜(蓮田市)、河合(岩槻市)、慈恩寺(岩槻市)、内牧(春日部市)、百間、粕壁(春日部市)、日勝(白岡町)の七町村に属した。
 文庫は、各区に一組ずつの本が配置され、各町村では小学校を閲覧所、校長を事務取扱者として、日程を定めて閲覧日数を決め、閲覧を了すれば同区内の次の町村へと逓送巡回させる仕組みである。当時の新聞には、最も多く読まれる書籍は、歴史・伝記書で、報徳と農業に関するもの、家庭に関するものがこれに次ぐものであった。ページ数の少ない書籍が好まれ、大冊はほとんど読まれなかった。また、辞書・自修用の算術書や婦人に関する書籍を中心に通俗平易で解しやすいものを選定してもらいたいとの要望が多かった。三〇町村の閲覧人員は開始後三か月で男子一万五二七人、女子二五七四人で、農業者が多いと報じられている。