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身代り薬師

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 真蔵院薬師堂には、かつて行基作という薬師がまつられていた。この薬師について『風土記稿』には「相伝ふ古陸奥国会津の人伊藤修理太夫光家と云もの、北条泰時の長男時氏に仕へしが、仁治のころ当所をよぎるとて、野武士に囲まれ危かりしに、此薬師光家が身代りとなりて助けしことあり。依て身代薬師と云へり」と記している。(『伝説集成』)