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農業基盤の整備

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 かつての田畑は一枚あたりの面積も少なく、形も複雑であった。こうした土地を効率良く利用し、農産物の収穫量の増収を図るために始まったのが、耕地整理・土地改良である。宮代町では大正元年から始められ、以来、町内十八か所で行われ、用排水施設の整備とあわせ農業基盤が整備され、農業の近代化・機械化が急速に進められた。
 

◎昭和初期 埼玉県百間村川島耕地整理組合規約 (折原家文書)


◎昭和5年 百間村大字整理予定図


◎百間村耕地整理組合記念写真 (伊草氏所蔵)


◎折原哲三頌徳碑

    戦前、百間村の村長を務め、下ノ谷新田の灌漑工事を行った。その功績を称えた石碑である。