東京帝国大学文学科に在学中の頃、盛助は大学の学術文芸雑誌であった「帝国文学」に、最初の作品を発表しました。
作品のタイトルは『精神の眼』。小説ではなく、全三幕からなる戯曲でした。明治四十一年七月十日発行の「帝国文学」第十四巻第七号に序幕を、第八号に第二幕、第十号に第三幕が掲載されました。また、この作品のみペンネームとして「苳村」と名乗っています。
さて、この『精神の眼』とはどのような作品でしょうか。
主人公は秋野雲雄(くものあきお)と水南木花子(みなきはなこ)。新婚旅行先の犬吠崎で三週間を過ごしていたが、互いが相手からの愛情を感じられないと感じていた。祝いに駆けつけたそれぞれの友人に相談をするが、まずは様子をみたらどうかと説得され承知をする。これが序幕の内容です。
ついで第二幕は東京にある秋野邸が舞台となります。「その後はさぞスウイトでござんせうね」と期待して遊びに来た友人たちの前にいたのは、ギクシャクとした雰囲気の雲雄と花子。雲雄の友人の勧める方法で、雲雄の愛情を試してみた花子は、友人いわく「愛情がない証拠」とされる反応を示す雲雄に離婚を宣言、家を出て行く。友人たちに離婚の口実に困っていたことを告白した雲雄は喜び、新婚旅行から戻ってきてから、ある新聞の投書欄で意気投合をしたM女史との結婚を友人たちに宣言した。
第三幕は教会が舞台となります。結婚式が終わるまで、顔はおろか素性を明らかにしないようにと、新郎新婦は覆面をしたまま、投書欄の担当記者が立ち会ったのみで式が執り行われます。
結婚式のクライマックス、誓いのキスならぬ誓いの握手が終わったところで、下手から新郎の、上手から新婦の友人たちが会場に入ると、そこには見慣れた顔ばかり。あわてて、新郎新婦の覆面をはがすと、離婚したばかりの雲雄と花子の姿が。この結婚の無効を訴える雲雄と花子に、先の結婚はだまされやすい「肉体の眼」で判断したため失敗したが、今回の結婚は理想に基づいて愛を育み、「精神の眼」をもって判断し決めたのだから、うまくいかないはずがないと友人の一人が諭し、二人も、夫婦となることを改めて誓い幕を閉じます。
まだ学生であった盛助が、結婚をテーマにした戯曲を書いているのは驚きですが、後半の内容である、新聞の投書欄で意気投合した男女が結婚にまで至る、というところは、チャットやコミュニティサイトで知り合った男女が結婚・・・などという現代における話題にも重なり、非常に興味深いと思いませんか。