明治四十四年一月一日発行の「ホトトギス」第十四巻第五号は、表紙に新年号と書かれています。年明けの一冊目にふさわしく、というわけでもないのでしょうが、この号に掲載された盛助の作品は、初めての長編小説となっています。
作品のタイトルは「大木」。主人公の名は瀧徹治といい、早稲田大学の文学科の学生という設定です。当時、東京は新暦で、地方は旧暦で正月を迎えていたのでしょうか、気早な松飾りも見られる中、徹治は故郷へ向かう足の重たさを感じながら帰省の途につきます。
徹治の故郷は、「杉戸の停車場」に降りる村でした。村の中では村長の家と並んで格式の高い家、という設定で、入り婿の父親は「相当な地位と名望とを備へた」人物として、耕地整理と小学校の建設に奔走しています。また、村長は小野派一刀流の剣客として県下に名を知られ、俳諧の宗匠としても近隣の風流人に仰がれる人物で、徹治と同じ学年の文科大学(東京帝国大学)に通う、恭介という名の息子が居ます。このほか、徹治の弟の晋三や、子どもの頃の徹治が教わった小学校の元校長・岡野寛之などが登場します。
物語は「如何にして生きようか」と思い悩み、答えを見つけられないでいる徹治が感じている、閉塞感がテーマとなっているようです。
「昔からの格式を立てて生活する家の入費は到底収入と償はなかった。(中略)所有の土地の過半を売ってなほ足らぬところを森の杉を伐り払って補ったのであった。」ということをしてようやく生活している徹治の家では、再び資金繰りの必要が生じ、庭にある欅(けやき)の大木を売ることにしました。思う値はつかないが、徹治が卒業するには十分だからと語る母の言葉を聞き、「面をあげていられない様な感じがした」徹治。少年から青年へと成長する思春期を迎えた弟の晋三が、かつての徹治と同じように文学への志を起こしつつあることを知り、「我が過去から推して彼の現在に寛大な態度をもつ事が出来ぬはずはない」と考えながらも何故か弟を許すことが出来ないでいる矛盾に苦しみます。
そして、いよいよ欅の大木が伐られる日、元校長の岡野氏の葬儀がおこなわれました。日の暮れかかる頃、岡野氏の墓は盛られた土の上に「前柏小学校々長岡野寛之棺」と書かれた白い旗が下がるのみで、香や花が手向けられていませんでした。何かを供えようとして徹治が見つけたものは、まだ固い芽のついた枯れ枯れの躑躅(つつじ)で、せめてもの事にと、徹治はその枝を折り取って供えたのでした。
この「大木」という作品には、「杉戸の停車場」や「杉戸の和泉屋」といった実在の地名が出てきます。また、盛助の関係者のことをいろいろと調べていくと、登場人物の多くにモデルとなったであろう人物を当てはめていくことができます。このことにより、作品がより一層生き生きとしたものになっている感じがします。
さらに、文中にでてくる原作あるいは英語訳でしか読めなかったはずの作品とその内容が、この作品のテーマにつながる重要な伏線となっていることがわかります。この点に注目しただけでも、いったいどれだけの読書量であったのだろうかとの驚きを覚えます。
作家・島村苳三を代表する作品の一つとなっています。