第26回 作品紹介(10)『風立てる』

前回紹介した『大木』と時期を同じくした、明治四十四年一月一日発行の「昴」第三巻第一号に、『風立てる』というタイトルの小説が掲載されています。ページにして六ページほどの短い作品ですが、存在感のある作品となっています。
物語は暴風にさらされる檜の梢の描写から始まります。「夕映の色が消え失せても風はなほ歇(や)まなかった。窓の外に並んだ檜の梢が浪(なみ)の様に揺れている。右に傾き前に俯(ふ)して風の力を遁(のが)れようと悶(もだ)えるやうである。重畳(ちょうじょう)して流れて行く雲の切れ目から小さな星が見えては復(また)隠れた。何となく不安な夕暮であった。・・・・まだ暴風雨が続くのかも知れぬ。」と思う主人公の名は記されていません。「彼」とあるだけです。
「欺(あざむ)かれているのではあるまいか。・・・同じ瞳が嘲(あざけ)っている様にも媚(こ)びている様にも見えた。・・・何処へ行くのだ。・・・二日費やして何の得る所も無かったら。・・・過去はみなさうだった。・・・誘っているんぢゃないか。・・・それとも・・・。」彼は誰に対してこう思っているのでしょうか。
その答えはこう表現されています。「来るだらうか・・・。彼は石段を降りて市街の裏道を停車場の方へ急いだ。約束の九時であった。女はもう待合室の入り口に立っていたが見知らぬ人の様に余所々々しく彼を迎へた。藍鼠(あいねず)の襟元を止めた真珠が鈍い光を放った。」
登場人物は「彼」と「女」の二人だけ。彼らがどういった間柄なのか、説明は一切ありません。疑問が残ったまま物語は進んでいきます。
二人はかねてからの約束があったようで、停車場の待合室で落ち合うと、汽車に乗り最終の停車場へと向かいます。「山から切り出す石材を運搬するために布設された鉄道」とあり、二人が到着したのは、「十丈の高さからうねって深く凹(へこ)んだ石灰岩の壁の下に観音の御堂がある」場所でした。「坂東第二十番・・・観世音菩薩・・・。」と、御堂の中から小坊主が二人に呼びかけました。
二人はこの後、堂の後ろにある洞穴(ほらあな)に向かいます。この洞穴は奥深いといわれていながらも、入るとすぐに水にさえぎられてしまい、深く中へと入ることが出来ないものでした。
「もし女の瞳の奥に潜む物影を確(しか)と捉(とら)へる事ができるなら・・・恁(こ)うのみ思ひつづけた」彼は、茶室がかった四畳半一間の離れ家へと女に導かれます。「こんどは何時逢へるだろう。」と問う彼に、女は俯向(うつむ)いて答えませんでした。
発車まで一時間ほどの間がある待合室で、彼の心の中には「欺かれているのではあるまいか・・・。」という考えがまた浮かびました。しかしながら、彼は女の瞳を覗き、その答えを探ることは出来なかったのでした。
この作品が生み出された背景には何があるのでしょうか。
二人が訪れた「坂東二十番」は、実際は栃木県の西明寺というお寺ですが、小説の中にでてくる風景とはまったく違っています。むしろ、坂東第十九番の大谷寺や、第十七番の満願寺などの風景に近いものがあります。
また、この小説が生まれた約二年前の明治四十一年三月には、夏目漱石門下生である森田草平が平塚らいてうと、塩原事件と呼ばれる心中未遂事件を起こしています。道に外れた恋の末路の心中という、当時流行していた外国文学作品の影響が大きく見られます。これらのエッセンスを集めて生み出されたのが、作家・島村苳三の作品『風立てる』であったのだと思われるのです。