これまで、作家・島村苳三として盛助が発表した作品をいくつも紹介してきました。いずれも文芸雑誌などに発表され、翻訳が数冊にわたって掲載されることはありましたが、小説が連載されることはなかったかと思います。
しかしながら、実は苳三は新聞小説の作家としても作品を発表していたのです。その小説はタイトルを『貝殻』といい、明治四十四年四月二十八日金曜日から同年六月六日火曜日まで、毎日連載されたものでした。
主人公は相良柳吉、大学生で寮生活をしています。作品の冒頭は、妹の悦子が病気療養のために銚子に滞在しているところから始まります。悦子の友人が三人、見舞いのために訪ねてきます。その中の一人は藤子という名で、その後もよく悦子を訪ねてきました。たまたま来ない日は、柳吉までなんとなく物足りない心持ちを覚えるのでした。
学校の休みの期間が終わったため、銚子から東京へ戻った柳吉は、友人の誘いで歌舞伎座の芝居を見にいきます。そこで柳吉は、高子という女性と三年ぶりに再会します。高子は悦子のかつての友人で、五年前には髪をお垂げにして短い袴をはいた少女であったものが、十九となった今、すっかり女らしく、妹の悦子よりも美しい変化を遂げたと感じ、柳吉は芝居どころではなくなってしまったのでした。そして、高子との再会が偶然ではなく、何か知らぬ不思議な運命の仕業でもあるようにさえ思うのでした。
数日後、悦子を迎えに銚子へ向かった柳吉は、高子から悦子にはがきが送られ、その中に偶然柳吉と会ったことが書かれていたことを知り、「勝利」と感じます。そしてこのまま悦子と高子の仲が昔のように深くなれば、もう二度と高子を失うことのない「二重の勝利」だとも思うのでした。
一方、悦子はそういった兄・柳吉が、高子に恋をしているのではないかと推測します。そして、時々訪ねていく従兄の矢代に、その経緯を説明します。矢代は、「相良君はある人を恋するのではなく、恋の相手を探すというようなことをしている。」と指摘します。
悦子は、柳吉の恋の相手が、高子ではなく藤子であったならと思います。天真爛漫で無邪気な藤子と違い、高子には浮薄な印象があったからです。
悦子の心配は、現実のものとなります。高子に何度か手紙を送った柳吉は、その返信に一喜一憂します。再び偶然に高子に出会ったり、悦子を寄宿舎に訪ねた際に高子も同席し、柳吉を見送る際の思わせぶりな態度に、柳吉はもう高子が自分を恋人だと思っているものと確信し、高子に自分の下宿を訪ねてくれるように伝え、高子もそれを受け入れました。しかし、約束の日に高子は現れなかったのでした。弄ばれたと感じた柳吉は、何度も高子に手紙を送りますが、もう二度と高子からの返信はなかったのでした。思い悩む柳吉は、結果として自分が恋をしていたのではなく、恋の型(シチュエーション)を動いてみただけではなかったのかと思うのでした。
この話の中にはほんの数行ですが、中盤にヤドカリが、そして最後に蝸牛(かたつむり)が出てきます。ヤドカリは自身の成長に合う貝を探して寄生しますが、蝸牛は自身の成長に合わせて貝の部分を成長させます。なぜタイトルが『貝殻』なのかと考えたとき、同じ貝類の生物でありながら、その生き様の違いがうまく主題を表している、スパイスのような存在になっています。
なおこの『貝殻』は、約一年後の明治四十五年七月十三日に、単行本として春陽堂の現代文藝叢書第十三巻に収録されました。