前回までご紹介してきたのは、「平野小品」とある随筆のような短編の作品でした。この「平野小品」の掲載から約一年後の大正三年九月四日、読売新聞の「読売文壇」のコーナーに、島村苳三の名と作品を見ることができます。
作品は「旅の印象」と題され、苳三と俳優・作家である田中介二の二名の文章が掲載されています。この「旅の印象」が、さまざまな作家からの寄稿文シリーズなのか、あるいは単発の掲載なのかは、まだ調査したことがないのでわかりません。雰囲気的には、「旅の印象」というテーマで作家に取材、あるいはコメントをもらったものを掲載しているといった感じです。
「御返事甚だ延引恐縮に存じます近来はとんと旅行もいたしませぬしこの頃ではもう大方忘れてしまひました」の書き出しから推察するに、「旅の印象」について何か書いてくださいとの依頼を受けて執筆をしたように見受けられます。
続く文章の中では、現在の中央本線の汽車の旅を例に挙げ、「私は凡て高原の景に忘れられぬなつかしさを覚えてゐます。」と述べています。またもう一つの例として、とある牧場の景色について、「セガンニチの絵にでもありさうなあの景も忘れられません。」と述べています。セガンニチとはイタリア出身の画家、ジョヴァンニ・セガンティーニのことです。アルプスの風景などを題材とした絵画を残しています。
今回、苳三の文章は二百文字程度の短い文章です。しかしその文章やこれまでの作品もあわせて読み込んでいくと、作家・苳三として作品を生み出す、盛助自身の持つ知識の幅広さと深さに、驚きと尊敬の念を覚えずにはいられません。これまで紹介した作品も含め、何度も読んでみることにより、さらにその思いを強めていけたらと思っています。