昭和二十七年四月二十二日に盛助が世を去ったとき、一冊の完訳遺稿が遺されていました。その遺稿は、ミルトン作の「失楽園」を翻訳したものでした。
ミルトンは十七世紀に活躍したイギリスの詩人です。「失楽園」は彼の代表作に挙げられ、ダンテの「神曲」などと並び、ルネサンス期の長編叙情詩の名作とされています。
内容は、聖書(旧約聖書)第三章の挿話で、神が創った楽園に住むアダムとイブが蛇にだまされ、神の禁を破り「善悪の知識の実」を食べてしまい、楽園から追放されるというものです。とても有名な内容ですね。
盛助の完訳遺稿は、没後三十年を経た昭和五十七年二月に、教え子たちの尽力により刊行されました。当時、いくつかの口語訳が刊行されていた状況の中で、その出版にいたるまでにはさまざまな苦労があったようです。たとえば、盛助の翻訳は口語体ではなく、より原文の雰囲気を表現する文語体でなされていました。当時すでに口語訳の作品が数冊刊行されていたため、出版するための条件に厳しいものがありました。
しかしながら、文語体でありながら難解な表現ではなく、原詩のリズミカルな構成をも伝えるように試みられた格調の高さなどは、他に類を見ないものであったそうです。
本書のあとがきには、「黙々として、てらいも競いもなく、英語英文学を徹底的に味わい楽しむ、その奥ゆかしい風格」と、あるいは「篤学真摯な風格」と、盛助を評しています。これまで紹介してきた数々の作品を振り返ってみたときに、まさに盛助自身を表現した言葉だと思わずにはいられません。