1)暖帯要素と温帯要素

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 植物の分布を決定づける大きな要因は気候条件といわれている。気候要因の中でも日本では、気温の条件が植物分布に対して、最も強く影響するといわれている。狭山丘陵の気候は、夏期に降水量の多い太平洋型である。気象庁が公表している1979年~2000年までの青梅(青梅市新町)および所沢(所沢市勝楽寺)のデータを基に、吉良竜夫の提案(1971)した暖かさの指数*を算出し狭山丘陵の区分を見ると、青梅が107.0月・℃、所沢が111.8月・℃であることから、狭山丘陵は照葉樹林帯に位置することになる。しかし、極相林としての照葉樹林を見ることはごく一部で、現在見られる狭山丘陵の植生は、古くは縄文時代に始まり江戸時代に完成したといわれている代償植生(二次林)、いわゆる雑木林が圧倒的に広い面積を占めている。ただ、丘陵の中心部を占める貯水池の涵養林を始めとして、農用林としての管理を放棄した状態が半世紀以上も経過し、自然林へと遷移が進んでいる場所もかなり多い。
 このようなことから、狭山丘陵では照葉樹林帯(常緑広葉樹林帯)と夏緑林帯(落葉広葉樹林帯)に生育の本拠をおく植物の両方が見られるのが特徴である。照葉樹林帯に分布の中心をもつとされる植物:暖帯要素には、例えば次の種などがある。
木本 :シラカシ、ウラジロガシ、アラカシ、シロダモ、ヤブツバキ、サカキ、ヒサカキ、アセビ、ツルグミ、イタビカズラ、キヅタなど
草本・シダ(矮性低木を含む) :フユイチゴ、カラタチバナ、ミズスギ、ウラジロ、ホシダ、クチナシグサ、クララ、ネコハギなど

 このような暖帯要素は現在の丘陵にも多く見られ、この丘陵の植生が照葉樹林帯に属していることを表している。以上の内、ウラジロガシ、カラタチバナ、イタビカズラ、ミズスギ、ウラジロなどはこの丘陵では稀産種に属する。特にミズスギ、ウラジロなどの暖地性シダの分布は注目に値する。逆に、シラカシ、シロダモ、ヒサカキなどは、管理が放棄され、ある程度進んだ遷移段階にある二次林の亜高木層、低木層に目立って出現している。
 この丘陵を特徴づけるもう一つは夏緑林帯に分布の中心をもつとされる植物:温帯要素に属するものである。例えば次の種などがある。
木本:イヌシデ、オニグルミ、ヒメヤシャブシ、ホオノキ、レンゲツツジ、ミヤマガマズミなど
草本・シダ:オシダ、ナライシダ、ミヤマクマワラビ、マンネンスギ、ヒメザゼンソウ、オオヤマフスマ、アカバナ、サワギキョウなど

 この内、ヒメザゼンソウは日本海側に多く見られる種とされている。また、かつての武蔵野の雑木林ならどこにでも見られたが今では希少になってしまったカタクリやシュンランなどが、まだ見られるのもこの丘陵ならではといえよう。
 
*暖かさの指数:各月の平均気温から5℃を引いた年間の合計値。単位は、月・℃
亜熱帯多雨林帯:180-240月・℃(以下、単位略)、照葉樹林帯:85-180、夏緑林帯:(45~55)-85、常緑針葉樹林帯:15-(45~55)となっている。