下総国

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 常総地方は、その当時下総国相馬郡に属していた。大化改新以前は総国(ふさのくに)と呼ばれていたようであるが、改新以後、これを上総と下総とに分割した。そして、養老二年(七一八)になって、上総を更に分けて、安房国(あわのくに)が生れた。総(ふさ)と名付けた由来について、『古語拾遺(こごしうい)』という書物にはこう述べてある。
  昔、天富命(あめのとみのみこと)が阿波の斉部の民(あばのいんべのたみ)を率いて、この地方に来住し、麻の種を植えたところ、大変よく播植したので、総(ふさ)の国と呼ばれるようになった。
 となっている。なお、上総国安房地方は、阿波の斉部の民が栄えたので、特に安房国として一国を設けたものであろう。