目次
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第三編 中世の守谷地方
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第一章 中世のあけぼのと守谷
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第六節 平安中期以降の守谷とその地形
当時の利根水系
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現在の利根川は、海水が退いた後は、葦江津、色益江、綾谷(現在の菅生沼)、鬼怒川の一部の水を合せて、『将門記』にある広川となり、更に、その下流は西藺沼、東守谷沼のように横に狭い沼が二十余りも存在し、常陸川がそれを貫いて榎浦流海へと注いでいた。
この広川のほとりに、将門の石井の営所があり、その南の渡口を大井津(おおいのつ)と称したようであるが、それは現在の野木崎付近ではなかろうか。註(5)したがって、将門の時代には常陸川水系も、水運の便が開けていたものであろう。
滝下橋より鬼怒川を望む