平良文説の検討

105 ~ 106 / 434ページ
 先に述べた第二の問題は、相馬の系統は千葉氏から分かれたもので、その先祖は将門の叔父に当る良文から出たものであるという説である。それを主張するものに、『千葉系譜』や『尊卑文脈』があげられる。『千葉系譜』にも多くの種類があり、江戸時代に作られたものも多い。『尊卑文脈』にあげてある系譜は、南北朝時代に企画されたものとして、その信憑性は高いといわれている。
 ところが、最近になってそれよりも古く作られたとみられる、十二世紀中期のもので、千葉常胤が相馬郡の継承に関する相論のとき、主張した系譜は、自己の正統性を示したものとして、いくらか疑問が残るにしても、系譜自体は信用し得るものではなかろうか。註(2)更にまた、岡田清一氏はこれを千葉系図としてあげているが、これをみると、

 

『尊卑文脈』によると、

 

 となっていて、多少の相違はあるが、以上のような観点から、相馬の系統は良文の流れを汲むものと考えて、差支えはあるまい。
 なお、これより平安時代の末期に活躍した、相馬氏の先祖について、そのあらましを述べてみたい。